森田廣句集『樹(tree)』の五句

 森田廣さんが『樹』を出された(平成28年5月30日、霧工房刊行)。氏は島根県現代俳句協会会長や現代俳句協会理事を務めてこられ、今年で90歳になられた。その作品は正直言って筆者(=栗林)のような平均的読者の理解力を超えたものが多かった。


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 自選句を見てみよう。
  
  数知れぬ蝶つれて脱臼男去る
  谷鶯川を赤子がながれゆく
  斑猫やマーク・ロコスの絵の中へ
  茄子焼いて竪穴びととなりゆける
  愛でらるる阿呆は絶えて稲の道
  オオクニヌシという大闇や栗の花
  臀の辺の睡蓮ともに漂流す
  故出雲巨乳神神域大花野
  寒林やあまた童女を吊るすべし
  冬銀河とわの空き家の枕絵屏風

 上記の自選句で作者(=森田さん)が表現しようとした宜しさに、筆者はなかなか到達できなかった。難解である。難しいと言っても、作者の森田さんにとっては、極めて当たり前で平明であるに違いない。しかし、私にとってのその難しさの理由は、比較的主知にまさった句が多いこと、言葉と言葉の繋がり方が予定的でなく、意表を突く主題が現れることなどである。つまりすべてが予定調和的でないのである。それは決して悪いわけではない。むしろ称賛に値する。類想的な句が殆どないのはそのせいであろう。オリジナリテイが極めて高いのである。

それらの中から、かろうじて私の理解が及んだかなと思える作品を掲げる。

045 自転車で流星拾いに行ったきり
050 河の向こうは何にも知らぬ秋夕焼
061 生者ではない数まぎれ尾花原(*)
062 たてがみの過ぎゆきにけり木の葉散る
065 遠山のたなごころ恋う冬の蝶(*)
066 冬の窓皿に小石がのせてある
071 朝市にまぎれ湯女また雪女
072 寒月にうかび道化になる稽古
079 ことば生まれるまえの朝ふきのとう
081 魚の仲間になりたい椿水に落つ
085 飛花落花廊下を魚が泳ぎおり
086 夕雲に仲間が居ると田螺鳴く(*)
089 野火やむかし穴掘ることの多かりき
096 われという等身の洞鯉のぼり
106 螢火や何を怺えて低くとぶ
110 夕蜩いちにち何も盗み得ず(*)
115 流星の果てしあたりが父の涯
119 拝啓葛が咲き馬はなみだ眼です
120 北斎の富嶽暮れゆき木の実降る
121 問いづめの眉ゆるめれば鳥渡る(*)
124 約束などなかったけれどななかまど
125 七竈馬をみがいてきたと言う
134 いつの間に肩に乗る姉落葉径
139 精霊はこんなに軽い石たたき

 こうやって並べると『樹』は平明な句集であると誤解されよう。ほんとうは、上記以外のすべてが、旨く説明しがたいものの、詩情に富んだ作品ばかりなのである。氏の詩嚢には、豊かなモチーフとそれを的確に表現する語彙の集積があって、それが次から次えと溢れて来ているに違いない。その魅力を解説できない力不足を感じさせられた句集であった。

 しかし、就中、筆者の好きな句を5つ選ぶとなれば、(*)印を付した次の作品であろう。

061 生者ではない数まぎれ尾花原(*)
065 遠山のたなごころ恋う冬の蝶(*)
086 夕雲に仲間が居ると田螺鳴く(*)
110 夕蜩いちにち何も盗み得ず(*)
121 問いづめの眉ゆるめれば鳥渡る(*)



 なお、森田さんからはお手紙を戴いた。それには、自選10句を掲げたが、自選とは本当に難しいものだと言うこと、それに筆者が好きだと言って掲げた5句(*印)は、どれも氏の意にかなった作であるとのことであった。

 有難うございました。

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