小野功句集『共鳴り』

 小野さんは塩野谷仁代表の同人誌「遊牧」の重要メンバーの一人。このほど第一句集を出された(現代俳句協会、2019年3月31日)。序文は塩野谷代表。句集名は〈129 共鳴りの滅ぶことなき寒北斗〉から取られた。



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 自選句は次の12句。

  懐の刃磨いて雲の峰
  十六夜に男階段踏み外す
  白さざんか指の先から冷めてくる
  潮けむり室戸岬の春慈光
  風車まわり過ぎれば嫌われる
  しばらくは等身大の春に座す
  荷風ならきっと手にしたこぼれ萩
  墨染の冬の結界永平寺
  共鳴りの滅ぶことなき寒北斗
  春愁の阿修羅眉間にある敵意
  盟友は今も盟友沈丁花
  菜の花のてっぺんを摘み不眠症

 筆者の共鳴句は次の通り、(*)は自選句と重なったもの。

019 風の盆笠に秘めたる男舞
021 先ず妣に供える初の衣被
029 風のみの音許されて秋立ちぬ
032 幾たびも椅子を移して日向ぼこ
058 悪人にとうとうなれず油照り
060 生粋の下町ことば蟬しぐれ
065 白さざんか指の先から冷めてくる(*)
066 さ牡鹿の瞳に潜む忘れ水
072 罪のごと二の足を踏む霜柱
073 ものの芽の膨らみ許す雫かな
077 青あらし無言となりぬ街の跡
082 天高し避けて通れぬ爆心地
089 逆風に磨かれている寒の月
105 睡蓮の真白き襞に迷い込む
106 白芙蓉頷くように智恵子抄
114 風車まわり過ぎれば嫌われる(*)
116 前向きにすべて前向き雛まつり
124 忽然と蛇穴に入るぜんざい屋
126 賽銭はことりともせず秋ふかむ
128 焦げ飯は昭和の匂い隙間風
129 共鳴りの滅ぶことなき寒北斗(*)
152 名月や大きな寺の大きな樹
172 春の泥付いて来るなと言ったのに
181 悪人になれず水馬にもなれず
181 全力の噴水突然の悲報
182 滝しぶき越えてゆくならカナダまで
200 存分に地球の匂いよもぎ餅
201 菜の花のてっぺんを摘み不眠症(*)

 いつものように、自選句や序文・あとがきを読む前にテキストを読み、すきな句を抜き書きして置く。それから自選句や序文に出てくる句や、あとがきから、作者の思い入れの深い句があれば、それを意識しながら、もう一度、テキストを読み返す。だから、(*)印が4句もあったことは、筆者としては嬉しいことである。その4句をまず鑑賞しよう。

065 白さざんか指の先から冷めてくる(*)
 「白山茶花」を見ていると、何故か「指の先から冷えて」きた。この身体感覚はよく分かる。「白さざんか」がその感覚を助長していて、うまい。赤い山茶花ではこうはいかない。この句は、決して二物配合ではなく、原因と結果を書いているのだが、それと分からないように、さりげなく「白さざんか」を置いたところが良かった。季語が働いている、と思った。

114 風車まわり過ぎれば嫌われる(*)
 通常は箴言・格言めいた句は取らないのだが、これは気に入った。静かに回る「風車」は春の風情。よく水子供養の墓前に飾られたりする。それが春の嵐のためか、猛烈な速さで回転している。つまり「風車」の本意通りでないのはイヤだという小野さんの美意識の表明なのである。筆者も賛成。

129 共鳴りの滅ぶことなき寒北斗(*)
 作者は「寒北斗」を見ながら「共鳴」のイメージを思った。不思議な取り合わせであって、少し難解であった。だが、この句から句集名が決まったとなると、もう少し考えてみようと思った。小野さんは、北斗七星から何か特別な音の源、たとえば、楽器などを想起したのだろうか。普通は柄杓などを思うのだが……。とすると、水が走る音が共鳴しているのか? そんなことはあるまい。しかし、真冬の夜空だから、なにか音がたてば、それはいつまでも共鳴していて、減衰することはない、とも思える。北斗星は、昔から航海などの「しるべ」になった星である。だから、特別な感覚を持つのは自然のことであろう。そう納得している……がまだ納得しきれてはいない。妙に気になる句である。

201 菜の花のてっぺんを摘み不眠症(*)
 この句も、065と同じように身体感覚を詠んでいる。「菜の花のてっぺんを摘む」ことは、日常のことなのだが、作者は、草木の命を絶ったような気がして、きっと後ろめたい思いを抱いたのであろう。その感覚が「不眠症」として現れた。性格の優しい小野さんならではの微妙な感覚句である。

次に、筆者がこれだけは深読みしたいと思った句をも掲げる。

124 忽然と蛇穴に入るぜんざい屋
 これは面白い二物衝撃句である。小野さんはこの句集の後半から、二物配合の句を書き始めたような句がする。似通った句に〈109 数え日のほっと一息プリンター〉や〈181 全力の噴水突然の悲報〉などがある。一物句が割に多いこの句集に微妙な変化を与えているように思う。

128 焦げ飯は昭和の匂い隙間風
152 名月や大きな寺の大きな樹
 これらの句には師である塩野谷仁さんの匂いが小野さんに移っているような印象がある。128からは塩野谷さんの『私雨』の〈麦飯は日暮れの匂い私雨〉を思い出し、152からは同句集の〈野遊びの終りはいつも大きな木〉を思い出す。もちろん、まったく違う句で独立した作品であるから問題はない。師のモチーフや特有な言葉に、後輩たちが啓発されるのは嬉しいことである。特に、128は筆者が好むタイプの句である。「隙間風」にうらぶれ感がある。

172 春の泥付いて来るなと言ったのに
 この句から飯島晴子の〈葛の花来るなと言ったではないか〉を思い出した。「春の泥」が「付いて来る」に、近かすぎる感じはあるが、作者の作句指向のほんの一端が見えて、楽しい句であった。

181 悪人になれず水馬にもなれず
 「歎異抄」の悪人を思い出す。作者小野さんのお人柄から、まったく、その通りだと同意する。これも二物配合の句と見ることが出来よう。

もう一句だけ俎上に載せたい。

077 青あらし無言となりぬ街の跡
 この句を読んで、筆者はふと「青あらし無言となり街の跡」ではないのか、と訝った。そうだとすると、原句とはまったく違ってくる。原句では中七の「ぬ」で切れるから、上五では切らないで「青あらし」が無言、つまり、青嵐が止んでしまった、と読む。それに反し、改作句では、上五で切って、「青あらし」が、さびれて人気のない(つまり無言の)シャッター街を、ごうごうと吹きぬけている様を詠った、ということになる。「街の跡」をどう読むかにも関連し、小野さんと一杯やりながら議論してみたい一句である。

 俳句とは、短いがゆえに、実に、面白いものである。

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