黒澤雅代句集『水尾のかたち』

 黒沢雅代さんは「遊牧」(塩野谷仁代表)の重鎮で、ここ20年程の作品を、このほどまとめられた(本阿弥書店、平成31年3月20日刊行)。序文は、塩野谷代表。帯に、〈オリオンの加わっている指定席〉を上げ、黒澤さんを「直観の人」で「喩」も「配合」も見事としている。


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 自選10句は次の通り。

  十月の赤牛閂はいらぬ
  やわらかき銃弾であり冬鷗
  安房上総麦が熟れるという日なり
  麦秋の肩の重さを午後という
  のうまくさんまんだ晩秋に梵字
  墨痕に烈しさ一枚は秋思
  日の暮れは木の実に戻る木の実独楽
  父性とは梟の鳴く距離であり
  水鳥の飛んできそうな日暮の部屋
  オリオンの加わっている指定席

 筆者(=栗林)の共鳴句は次の通り。(*)印は自選句と重なったもの。

019 紅梅にやわらかな耳殖やすかな
026 人に母あり冬の山繭点るかに
031 鍵束に繋げるものに冬の黙
039 やわらかき銃弾であり冬鷗(*)
046 あの頃はいつも前向き辛夷咲く
051 桑の実やこころ真白でいた頃の
052 合歓の花小舟のような日を重ね
055 父やわらか飯桐の葉の落ちてより
059 雨螢つないだ糸のまた解け
062 月の裏見て来たように猫帰る
064 手鏡に蝶を沈める齢かな
073 秋冷の指先にある海のいろ
074 冬隣り陰画(ネガ)見るように城の跡
076 見えぬから生地(せいち)も近し竜の玉
091 銀やんま地球半分暮れ残り
094 がまずみの実落人にならすぐ成れる
105 安房上総麦が熟れるという日なり(*)
106 手花火のなかのひとりは遠き吾れ
130 花梯梧人待つときの色であり
135 花冷えの水に水足す遊びかな
136 薫風を持ち帰るなら縄電車
151 天体に空回りなし葱坊主
153 真ん中が見えてなかった大夏野
157 墨痕に烈しさ一枚は秋思(*)
158 水鳥になる急がぬと決めし以後
165 ファスナーを開けるごとくに野火走る
166 雛飾る母港のような明るさに

『水尾のかたち』を一読し、黒澤さんの作品の魅力は、塩野谷代表も言っているが、見立てや喩の見事さであり、詩的な「虚」や多面的な読みを可能とする文体であろう。後者の場合、模糊とした美しさに繋がる魅力がある。
たとえば、この句集の冒頭の句〈015 手のひらの砂地に返す暮春かな〉を例にすると、傍線の「の」の解釈によって、句意が色々と変わる。主格の「の」なのか、所属の「の」なのか、広い形容の「の」なのか? 返されるものは「暮春」なのか、いや、「暮春」は単なる時候設定であって、ここに書かれていない何かを砂地に返すのか? いや、返すものは「手のひら」かもしれない。「手のひらを反す」と言うではないか。いや「手のひら」を砂地に戻す、の意味かも? 読者はいろいろ思いを巡らせ、楽しませてもらえる。
 筆者が選んだ作品は、比較的意味鮮明な句に限っていたようだ。

 自選句と重なった3句を鑑賞しよう。

039 やわらかき銃弾であり冬鷗(*)
 喩の上手さ。「柔らかき銃弾」という比喩が印象鮮明である。兜太の〈朝はじまる海へ突込む鴎の死〉を思い出させる。現代俳句協会主催の房総一泊吟行会で高点だった、と塩野谷代表の序文にある。この句の基本は「写生」にあるようだ。

105 安房上総麦が熟れるという日なり(*)
 概括的で、やや想念に近い句だが、「麦秋」の少し前の「麦熟るる」頃は、金色の麦畑が美しい。房総なら、起伏のゆったりとした麦畑が、海にまでつながっているのかも。気分爽快で、筆者イチオシの句。

157 墨痕に烈しさ一枚は秋思(*)
 ある初秋のこと、能登半島の「総持寺祖院」へは、筆者も一緒したのだが、つい見落とした。塩野谷代表は、さすがよく覚えていらっしゃる。四枚の屏風の一枚に鮮やかな墨痕で「秋思」とあった。屏風に書かれた「秋思」は季語ではない。などと野暮なことは言わない。そういう言い方は俳句の世界を狭くする、と思うのだが、如何でしょうか。

 もう一句、触れさせて戴きたい。

055 父やわらか飯桐の葉の落ちてより
 この句集に、自選の〈父性とは梟の鳴く距離であり〉もあり、父の句が割に多く見られる。数えたわけではないが、母より多いのではなかろうか。筆者の記憶では、一般の句集では、圧倒的に母が多く、村越化石の場合は40対5だった。筆者は、父の一人として、このことに勝手に不満を持っていたのだが、雅代さんのこの一句で、不満は治まった。多謝。

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