我妻民雄句集『現在』

 我妻さんが第二句集を上梓された(平成30年12月3日、現代俳句協会刊行)。氏は高野ムツオ主宰の「小熊座」の重鎮で、「佐藤鬼房奨励賞」や「小熊座賞」を受けている。


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 高野ムツオ主宰の15句選は次の通り。

  遥かとは雪来るまへの嶽の色
  白雲に乗るべく蕪土を出る
  西は被爆東は被曝赤とんぼ
  茅花流し人類だけが嘘をつく
  墨堤やいまも昔の都鳥
  空爆の空につながり冬茜
  その上は犇く星座鳥雲に
  海からは上がれぬ形して海月
  地上から照らされてゐる鰯雲
  風花を待つ出稼の裔として
  花片の間(あひ)あひに闇石蕗の花
  住まふ屋根住まはぬ屋根や春の月
  学校に生れては死ぬ蝉の声
  苦瓜に百の涙状突起あり
  終着のつぎは始発や雪催

 該句集を一通り鑑賞した後の筆者(=栗林)の共鳴句は40句を越えていた。嘱目句が多いのだが、単純な写生ではない。背後に何かを感じさせるも作品が多い。かといって難解ではない。筆者の好みの句が多かったのが嬉しい。(*)印は高野主宰選と重なったもの。

009 やきそばの上に花ふる上野かな
015 座禅草さす指のさき雪ふり来
016 陸奥湾は叫びの形鳥曇
020 空支へたる噴水の脱力す
025 水引草気配を花にしてゐたり
035 清貧は玄関にあり石蕗の花
042 後ろから蝮のはなし冬帽子
048 陽は春の海に入るべく脚伸ばす
049 姫神山の腹からひとつ春の雲
062 大空に遺失物あり冬雲雀
084 目尻から目尻までみな冬の湖
090 蕗の薹いつぱい合掌がいつぱい
097 茅花流し人類だけが嘘をつく(*)
098 藤棚の真下潜水夫の無言
103 壺中には骨のみならず夕かなかな
107 いくつもの薄目が開く枇杷の花
108 墨堤やいまも昔の都鳥(*)
113 下萌や生きてゐるもの手をあげよ
118 十字切る十薬いつも無伴奏
121 帰るべき「大和」の航路台風来
123 鉤裂きは傷みのかたちつくつくし
124 頬杖をつけば頬骨秋の暮
130 空爆の空につながり冬茜(*)
130 顎ひいて雪嶺坐り直したり
131 山鳩の目から始まる冬夕焼
134 あるはむぶら蝋梅の香のまぎれなし
135 目と鼻の先にアフリカきらきらす
139 あの声は骨の中から告天使
145 遠方を来たりしごとく梅雨の蝶
148 痛みやや遅れて来たり敦盛草
152 帆布店の端裂は秋の海知らず
158 親指は少し離れて根深汁
160 大根の寒きところを首といふ
162 椎の葉に飯さくら葉に桜餅
166 梅雨の橋人も車も滲みたり
172 冷凍の蜜柑夜汽車の匂ひする
179 落葉松散る黄金時雨と申すべし
179 樹の下の月光溜り龍の玉
186 飛ぶといふより初蝶の飛ばさるる
188 春の水底の石にも石の影
193 三軒が掃く一本の樫落葉
195 苦瓜に百の涙状突起あり(*)
205 終着のつぎは始発や雪催(*)

 高野主宰の選と重なった5句を鑑賞しよう。

097 茅花流し人類だけが嘘をつく(*)
 この世にある山川草木、生を受けた動物たち、みな嘘をつかない。人間だけが小さな嘘、大きなうそをつく。この断定は厳しいが、同意せざるを得ない。筆者(=栗林)は、この句のような何かをひっくるめて総括・断定することに、若干の違和感を覚えて選ばないのが通例なのだが、この句は例外であろう。茅花を分けるように吹いてくる春のやや強い風も、中七下五の内容をうまく引き立てている。

108 墨堤やいまも昔の都鳥(*)
 ぐっと古風な句。隅田川べりやその河口近くは、いまも都鳥が飛来する。都鳥は万葉集や古今集に詠まれ、伊勢物語の「名にし負はばいざ言問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと」が著名。都会化されても、水辺があれば、鳥たちは相変わらず正直にやってくる。嘘をつかない。097のように嘘をつくのは人間だけか?

130 空爆の空につながり冬茜(*)
 空爆と言えば関悦史氏の〈人類に空爆のある雑煮かな〉があるものの、我妻さんのこの句は、今見えている冬茜に繋がっている地域に、空爆という悲惨な事象が現実に起きている、ということに思いを馳せている。関氏の「空爆と雑煮」の取り合わせも見事だが、「空爆と冬茜」は巧まずに現実を描いていて、好感を持った。

195 苦瓜に百の涙状突起あり(*)
「涙状突起」という言葉のうまさに感じ入った。学術用語だろうか、あるいは造語か? このような一語で俳句が立っているのも珍しい。

205 終着のつぎは始発や雪催(*)
 終着駅に着いた電車は、そのまま、今度は始発となる。やや理詰めの句だが、ひらめきがあって楽しい一句である。この発想は筆者(=栗林)にもあって、かつて一句詠んだことがあるのだが、このようにうまくは行かなかった。脱帽。

 筆者が佳句と思い選んだ中からも、少し鑑賞しよう。

048 陽は春の海に入るべく脚伸ばす
 この景はよく分かる。今、くしくもムンク展が上野に来ている。陽が足を伸ばす、というこの句でムンクを思い出した。季節は少し違うが、北欧の白夜の絵がムンクに幾つかあって、太陽(ひょっとして月なのかもしれないが)がまさに海に没するとき、陽と海面の間を明るい柱が繋ぐ現象を描いている。手前には複数の男女が抱き合って踊っているのだ。オスロの美術館でその絵を見た印象が筆者の脳裏に残っていて、この句で蘇ってきた。

090 蕗の薹いつぱい合掌がいつぱい
 この句は東日本大震災の後に詠まれているから、鎮魂の一句かとも思うが、そうでなくても良い。春先に土をもたげるように出て来た蕗の薹が、眼前にいっぱいある。ひとつひとつが合掌しているように見えた。作者の優しいまなざしが見える。

135 目と鼻の先にアフリカきらきらす
 ジブラルタルであろう。ここはイベリア半島の先端で、狭い海峡をまたいで直ぐ向かいにアフリカがある。むかし回教徒がスペインを制圧していた歴史があって、イスラム風の文化が遺っている。風が強く、海がきらきらしていた。現実は、今もってここは英国領のままである。

158 親指は少し離れて根深汁
 手の親指は他の4指からは離れている。その事実に「根深汁」を配合した。205と同じく、やや知的な味がある。ただし、根深汁で俳諧味を持った。親指が4指から離れている訳を言わない所が良い。言ってしまえば、至言、俚諺、箴言の類になってしまう。

172 冷凍の蜜柑夜汽車の匂ひする
 懐かしい。むかしはキオスクで売っていた。いや、当時はキオスクとは言わなかった。駅の売店かホームの売り子から買ったものだった。帰省する際、筆者は大学のある街から夜行の普通列車で8時間かけたものだった。そのころ、ときどき買ったのが冷凍蜜柑だった。

179 落葉松散る黄金時雨と申すべし
 晩秋の頃、カラマツ林は黄金色に染まる。風が吹くと黄金の針葉がきらきらと飛んで行く。それを「黄金時雨」と言った。上手い造語。これにも脱帽。

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