一井魁仙句集『三連音符』

 一井さんは結社「山河」(山本敏倖代表・松井国央名誉代表)の重鎮である。この『三連音符』は第二句集で、平成三十年六月五日、山河俳句会刊行。第一句集は『通奏低音』で、平成二十六年のもの。記録を遡って調べると、第一句集からの筆者(=栗林)の共鳴句は次のような作品であった。

031 梅雨寒やひたすら眠る無精卵
042 コスモスや向う岸にもある動機
043 いつぽんの葱の白さが沈みをり
044 春を待つ黄色い線の内側で


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 今回の第二句集は、ここ四年間の作品からなっているが、この間、一井さんは「山河賞」を受けられるなど、着実に実績を積み重ねて来られた。

 自選句の提示がないので、早速、筆者の共鳴句を掲げておこう。一井さんの句の題材、モチーフの広さが分かる。

011 雨を呼ぶ烏柄杓や晴子の忌
013 デジタルの時を抜け出す蛍の夜
022 岬まで合せ鏡の大花野
024 鏡餅割れて大陸移動説
026 モノクロの写真を抜けて白鳥来
034 蜃気楼その先にあるぽるとがる
047 心療内科まで掠れし虹を追ふ
053 お隣は手芸教室小鳥来る
057 戒名に酒の一文字片しぐれ
058 葱一本沈めし夜のサスペンス
064 梅雨寒や合鍵だけを手に残す
067 母と呼ぶ人の居なくて夏帽子
068 ルネサンス名画の女みな素足
071 ピレネーを越えて全裸のマハに逢ふ
074 象の鼻伸びて触れ合ふ十三夜
074 コスモスや夢の中だけ無重力
080 王宮のラファエル前派冬木の芽
087 蓋のない東京湾に花吹雪
088 言問はむ橋の袂の桜餅
101 廃校はヨガの教室小鳥来る
104 満月や何も浮かんでいない湖
106 団栗の痩せることなし東歌
109 文字化けのところどころに返り花
110 左から踏み出すワルツ暖炉燃ゆ
110 バスを待つ列の最後は大熊手
114 編みかけの匂袋や春隣
115 春はあけぼの通販の色見本
126 ふるさとを斜めに切れば蛇苺
130 ふるさとの錆の匂ひや蛍の夜
135 秋の陽を貪る鳥の長母音
138 石亭のむらさきしきぶ雨の黙

 氏の句材は、音楽や美術の世界の中に多くある。そのことは、句集『三連音符』や『通奏低音』の題名から分かる。ドイツに長く駐在されていたので、質の高い音楽や美術の鑑賞機会に恵まれたに違いない。絵画にかかわる作品には次のような筆者共鳴句がある。

068 ルネサンス名画の女みな素足
071 ピレネーを越えて全裸のマハに逢ふ
080 王宮のラファエル前派冬木の芽
 第一句からは、ああそうだったのだ、という想いを、第二句からは、フランスを通ってスペインに入り、マハの名画を観られたのだと思い、羨ましさを感じた。ラファエル前派はイギリスで一時流行った流れだった。長くは続かなかったので、これを句に詠むのは、かなりの通である。

 さらに幾つかの作品に触れてみよう。

011 雨を呼ぶ烏柄杓や晴子の忌
 飯島晴子の忌日は六月六日。梅雨の真っただ中で、烏柄杓が綺麗な季節。彼女に〈わたくしに烏柄杓はまかせておいて〉や〈烏柄杓千本束にして老いむ〉がある。彼女へのオマージュの一句。
  
013 デジタルの時を抜け出す蛍の夜
 蛍の飛び方は曲線的で、言ってみればアナログ的である。それでデジタルを抜け出してきた、と表現した。やや理知的であるが、実景をうまく表現している。一方で、蛍の明りの点滅に注目すれば、on-offだから、アナログ的ではなくデジタル的とも考えられよう。いずれにしても前例のない表現だろう。

022 岬まで合せ鏡の大花野
 氏には勿論、叙景詠はある。この句は、海に突き出している大花野の景を見事に描いた。「合わせ鏡」が上手い。第一句集に〈116 フィナーレは海まで続く大花野〉があるが、この種の景が、氏にとって、如何に印象的で、記憶に残るものであったかが良く分かる。

024 鏡餅割れて大陸移動説
 大陸が動いて今の形になったと言われているが、その動きが止まったわけではない。移動するたびに大地に亀裂が生ずるのだろう。鏡餅が乾いて割れる様を大陸移動説に見たてた。軽妙、達者な句。 

026 モノクロの写真を抜けて白鳥来
104 満月や何も浮かんでいない湖
 映像性の強い句を二つ掲げた。026は白鳥が主体なのだが、筆者はふと白鳥が抜けたあとの湖面を思った。それが、月明かりの下の何もない湖面(=104)と妙に呼応しているのである。

058 葱一本沈めし夜のサスペンス
 何となく不気味な感覚句。白い葱がたった一本水に沈んでいる。「サスペンス」を配合した巧さ。既に書いたが、第一句集の〈043 いつぽんの葱の白さが沈みをり〉も、印象鮮明な、シュールな句であった。

「山河」では「チャレンジ俳句」と称して、一風変わった言葉を読み込む企画が毎号載せられている。次の句は「通販」を題とした。

115 春はあけぼの通販の色見本
 筆者が特選に選んだ句であった。「通販の色見本」がどういう商品の見本なのかは分からないが、古典の成句「春はあけぼの」を上手く活用し効果大であった。鮮やかなフルカラーのイラストや写真をふんだんに使った通販冊子。春の夜明けのグラデーション……薄めの桜色、菜の花の色、萌黄色、縹色……想像は茫洋ながらも美しい方へ、みやびな方へと広がって行く。

126 ふるさとを斜めに切れば蛇苺
130 ふるさとの錆の匂ひや蛍の夜
 故郷を「ふるさと」と、ひらかな表記した細やかさ。しかも「斜めに切れば」「錆の匂ひや」が上手い。平凡な抒情句に終わらせていないのである。

 一井魁仙さんの句集から、句材・モチーフの多彩さを楽しませて戴いた。

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