森田廣の心象風景『出雲、うちなるトポス』

 森田廣さんが表題の「絵と俳句」からなる美麗な本を上梓された(平成29年12月10日、私家版、霧工房)。副題に「俳句+絵画*永遠なる一瞬」とある。今まで出された六冊の句集から五句づつを厳選され、それに自作の色彩豊かな絵画を上質紙の上に添えている。右の頁に五句を、左の頁には絵画である。大きさは縦横21センチづつの真四角な本に仕上がっている。開くと長方形になった本の右に俳句がゆったりと表れ、左に絵画が、挿絵というのではなくてメインの作品として、どうどうと立場を主張している。
 森田さんには以前著作『やまびこまつり』というエッセイ集を送って戴き、出雲の特異な俳人エッセイストとして記憶していた。ところが今回は、絵画という点でも驚かされた。不勉強で、何も知らなかったが、才能豊かで、自由美術協会に所属されいる画歴有数の方であると知った。


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 さて、その俳句と絵画であるが、これが一筋縄ではいかない。筆者(=栗林)の悪い癖で理詰めに理解しようとするのである。その限りでこの句集のかなりが筆者の理解の外にある。だか、勿論、筆者も俳句は分からなくても感じさせてくれるものがあればよしとする立場である。その意味で。この句画集の三〇句は筆者の読解力ではなく、想像力を、いや創造力を鍛えてくれるものであった。

 さらに加えて、森田画伯の絵画作品の難解なこと。俳句と同じである。だが、これも何かを訴えてくれている。見事なやわらかい色調の組み合わせ、見ようによっては何か現実のものに見えなくはないフォルム。自然に心が和む感じ。むしろ抽象画の中では筆者の最も好む傾向である。決して、幾何学的な前衛画ではない。するどい線画調でもない。
 その様な絵画が、左の頁の得も言われる俳句作品と上手くバランスしている。 
 俳句の鑑賞も、絵画の鑑賞も未熟な筆者ではあるが、大いに感じさせてもらった。

 中から好きだった句を抽出しておこう。

  まぼろしにすこし遅れて花が散る
  歯の痛むひばりに河を曲げてやる
  枯八方われのほかには煙なし
  橋上に葬列とまり蛇泳ぐ
  星降るや木が夜回りにでたいと言う
  蝶結びして凍蝶となりし妹よ

 こう並べてみると。二句目を除いて難解とは言えない句柄のように思えてくる。

 森田さんのあとがきに「『出雲』の原風土によって醸され、神話を産んだ古代文化の光と影。それは、地下水脈に似てときに湧出する血脈の感覚であり、表現意識の底部をいまなお揺すっている」とある。


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 次の森田作品は筆者が一番好んだ氏の絵画の一つであった。

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