柴田孤岩句集『鳩寿』

 柴田さんは「草の花」(主宰は名和未知男氏)の最重鎮であられる。該著『鳩寿』(きゅうじゅ)は卒寿の意味。第二句集に当たる。文學の森、平成二十九年十二月一日刊行。


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 自選句は次の十句。

  あららぎの暮れてゆくなり遍路杖
  春月やもう老ゆるなき妻のこゑ
  登り窯の裏山けむる雨水かな
  柞原過ぐれば海や雉子鳴く
  思郷あり風に吹かるる小判草
  たまきはるいのちなりけり梅雨の雷
  水打ちて卒寿の夕べ迎へけり
  ゲルニカの牛の涙や敗戦忌
  くるり棒の土間に光れる雪催
  すくも火のあがる棚田や冬晴るる

 全篇を読んで、氏の語彙の豊富さに感銘を覚えた。題名の「鳩寿」から始まり、自選句中では「柞原」「思郷」「たまきはる」「くるり棒」「すくも火」など、俳句にあまり頻出しない言葉がならぶ。筆者(=栗林)の共鳴句は次の通りだが、ここでも何度辞書の世話になったか………理解が進むと句の味が広まるのである。

019 野や山に水の匂ひの二月かな
022 丘低く潮騒近き黄水仙
031 富士山は烟るが如し梅の里
032 雨の日は雨のいろなるさくらかな
034 背信の香りかすかにリラの花
036 春月やもう老ゆるなき妻のこゑ
038 ほまち田に老婆立ちをり別れ霜
043 思はざる一揖に逢ふ遅日かな
046 もう旅へ叶はぬひとの春ショール
054 今年また妻の名残の熊谷草
058 山国の蝶に会ひたき虚子忌かな
059 鬼女のこゑあるべし夜の花たわわ
067 豆飯や母音優しき国言葉
068 山の辺の磐座暗し花うつぎ
076 川音に風音消ゆる夏料理
081 南総の山低くあり田水張る
089 豆飯のさびしき味と思ひけり
101 ほたほたとのうぜんかづら和紙の里
102 淵のいろ深むるほどにほととぎす
104 セザンヌのふるさとのいろ枇杷熟るる
125 その人の美しき耶蘇名や流れ星
138 空海の跫音聴かむ秋遍路
143 到来の新しき名の今年米
146 日の匂ひ水の匂ひの今年藁
164 枯蘆やものに影もしなかりせば
167 天命を風に托せり雪蛍
168 ひとところ空気の軽し雪蛍
171 冬菊やさんさしぐれはくにの唄
172 生涯を戦後で通す返り花
194 水仙や伯耆の崎の荒き海

 少し句を鑑賞しよう。

022 丘低く潮騒近き黄水仙
031 富士山は烟るが如し梅の里
081 南総の山低くあり田水張る
194 水仙や伯耆の崎の荒き海
 端正な叙景句を並べてみた。022は多分、伊豆の下田の近くにある爪木崎ではなかろうか。黄水仙とあるから違うかもしれないが、海辺に群生する水仙が美しい。風が割に強く潮騒がいつも聞こえる。031は、筆者には曽我の梅園のように思える。これも違うかも知れないが、自分の記憶を引き起こすにはもってこい叙景句である。081は低い山しかない房総の南の景色。022と同じく「低い」という形容がなぜかほのぼのと響いてくる。194は鳥取県の西の海岸。筆者には記憶はないが、海の荒さは想像に難くない。白い水仙の原が明るい。

034 背信の香りかすかにリラの花
 ライラックの花の香に「背信」を感ずるのは、特異な鋭利な感覚なのであろうが、詩的ではある。筆者にとっては札幌の大通り公園を思い出させてくれる。

036 春月やもう老ゆるなき妻のこゑ
046 もう旅へ叶はぬひとの春ショール
054 今年また妻の名残の熊谷草
 奥様を亡くされた。一句一句が柴田さんの思い出に繋がるのだろう。「もう老ゆるなき」の措辞はいかにも切ない。046の春ショールには妻の香が残っていよう。054の熊谷草は「亡びの美学」に通じるからなのか、美しい花だが、思いは重い。

067 豆飯や母音優しき国言葉
 方言を聞くと、瞬時に田舎に帰った思いがする。国言葉の特徴は、この句が言うように、言葉の後に残る母音にあるのであろう。この感覚は、外国から帰って聞く母国語にも通ずる。何となくしっとり感があるのだ。「豆飯」は絶妙な季語。しかも眼前にモノを提示してくれていて、現実感がある。筆者イチオシの句。

101 ほたほたとのうぜんかづら和紙の里
 この句から筆者は文挾夫佐恵さんを思い出した。彼女は祭と凌霄花が好きだった。〈凌霄花★→のうぜん★のほたほたほたりほたえ死〉がある。あの花の感じは「ほたり」という語感そっくりである。柴田さんも同じ感受だったのだ。

104 セザンヌのふるさとのいろ枇杷熟るる
 セザンヌの故郷の色というとどんな色だろうか。セント・ヴィクトワールが見える田舎の風景だろう。あの色調を思わせる。それは熟れた「枇杷」の色に近い。言い得ている。余談だが、筆者の俳友の句に〈夫に剥くセザンヌ色の冬林檎 海野弘子〉があった。こちらはセザンヌの静物画の色である。

170 冬菊やさんさしぐれはくにの唄
 柴田さんは仙台出身だから「さんさしぐれ」には深い思い出があるに違いない。「冬菊」が締まっていて気品を醸している。私事だが筆者には「群来」と「ソーラン節」である。

 この句集から筆者は多くの知らなかった言葉を学ばせて戴いた。多謝。

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