後藤比奈夫句集『あんこーる』

 後藤比奈夫さんが第15句集を刊行された(ふらんす堂、平成29年8月8日)。あとがきに、先に刊行した第14句集『白寿』が好評で、第三十二回詩歌文学館賞を受賞し、「ふと音楽会で演奏のあと、客が拍手でアンコールする情景が頭に浮かんだ。句集にもアンコールがあってもよいのかもと思った」とある。氏は百歳を超えられた。平成27年夏から平成29年5月誕生日までの作351句からなる。


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 自選句は次の15句。

  しをりあり秋の扇となりしより
  月光に濡れて今宵の車椅子
  柱状節理板状節理冬怒濤
  水涸れて露となりし滝の老
  どちらから涸れしともなく夫婦滝
  花衣てふは心に着せるもの
  散るさくらみんな散りたくなささうに
  このさくら人のこころの中へ散る
  フエールセーフフールプルーフ四月馬鹿
  酒の香のせしといふ滝まのあたり
  あらたまの年ハイにしてシャイにして
  寒卵上寿に未来なしとせず
  この国に翁はありぬ国栖奏
  ところどころ渇筆雨の大文字
  絲遊の遊んでをりぬ草の上

 筆者(=栗林)の共鳴句は次の通り。(*)印は自選と重なった。

007 しをりあり秋の扇となりしより(*)
007 いそいそと帰る燕となつてゐし
009 般若寺のコスモスなりといふだけで
009 萩ありて芒なかりし月の庭
028 どちらから涸れしともなく夫婦滝(*)
      出水
029 諍もなくて屯し万羽鶴
      友禅流し
036 両岸の雪美しや寒晒し
038 ほのぼのとガレのランプも春の色
052 もて余すほどでなけれど日の永し
055 穴子舟出づる明石の夕景色
      六月二十六日 立夫逝く
067 起し絵を見せて見送る仏かな
      初七日
068 涼しかり笑つて死んでゆきしとは
070 怖かりしものに鱧の目鱧の口
071 ささがきの牛蒡が好きでどぜう鍋
086 蟻を見てをりぬ動物園に来て
088 思はざるところで開き揚花火
102 押せど来ぬナースコールや日の永く
111 騙すべき相手なくなり万愚節
112 得意気に予報士春の嵐告ぐ
117 この花と齢比べし日もありし

 百歳をゆうに超えられ、世の中の酸いも甘いも弁えられ、悲憤慷慨も適当に抑えられ、日常のありさまを悠々と詠まれた。高浜虚子の晩年の作品を、他人からとやかく言われる範疇を超越した人の作品として評価していたのは、岸本尚毅氏だった。比奈夫さんに対し、筆者(=栗林)も同じような感想を持った。

 筆者の感銘した幾つかを鑑賞しよう。

007 しをりあり秋の扇となりしより(*)
 巻頭の句である。「しをり」は「栞」ではなく「撓」であろう。つまり、蕉風俳諧の根本理念の一つで、人間や自然を、哀憐をもって眺める心であろう。夏のうちは愛用された扇なのだが、秋になった今はもう使われない。だからこそ、比奈夫さんは、秋の扇にそこはかとなく「哀憐」を感ずるのである。

028 どちらから涸れしともなく夫婦滝(*)
 これも自選句と重なった句。「夫婦滝」を見て、ふっとこんな句が生まれたのであろう。無理に作者の境涯に引き付けて解釈する必要はない。実景からの述懐なのである。

      初七日
068 涼しかり笑つて死んでゆきしとは
 比奈夫さんは、「諷詠」主宰であられたご子息(後藤立夫さん)を亡くされた。今はそのお嬢(和田華凛)さんが後を継がれておられるが、予想もしなかった逆縁である。お悲しみは如何ばかりかと、お悔やみ申し上げる。立夫さんからは、句集『祭の色』を送って戴き、このブログにも取り上げさせていただいたのであった(「栗林浩のブログ 後藤立夫」で検索下さい)。
『祭の色』から、懐かしい作品を幾つか引いておこう。

032 陽炎を抜け出して来る馬が勝つ
034 しやぼん玉毀れて空気毀れたる
070 白蝶の白置いて来るやうに翔ぶ
113 祭笛吹くとき膝の使ひやう
125 吹上げの松の手入れは舟でする
161 曼珠沙華同士他人のやうに咲く
174 包丁始襷を掛けるとき美し
183 袋掛して甲斐の山やさしくす
191 カルピスにストローといふ涼しさよ

086 蟻を見てをりぬ動物園に来て
 筆者も上野動物園で、地を走る蟻を飽かず眺めていたことがある。パンダや象・麒麟と言った一般興味の対象を外し、動物園でなくても見られる「蟻」を注視している。唯我独尊的でかるい皮肉を交えた面白さ。

111 騙すべき相手なくなり万愚節
 比奈夫さんの身になれば、如何にも、と頷ける。ユーモアと哀歓が一体となっている。しかも、実感であろう。

句集『あんこーる』、有難う御座いました。

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この記事へのコメント

eiko
2017年09月06日 18:40
『昭和・平成を詠んで 伝えたい俳人の時代と作品』の後藤比奈夫「句作り千夜一夜」を読んだばかりでしたので『あんこーる』の出版ということに驚きました。
「俳句が向上する為には人間が出来て行かねば・・・」というくだりをしみじみ読んだのです。

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