浅井民子句集『四重奏』

 浅井民子さんが第二句集『四重奏』を刊行された(平成29年8月25日、本阿弥書店)。浅井さんは「帆」の主宰であられ、第一句集に『黎明』がある。帯には坂口昌弘氏が、次の句を掲げ「春夏秋冬は四時の楽器と化し、四重奏を奏でる。民子の句集は人と自然の共生を希求する」と書いている。

  あめつちへ深き祈りを大花火

 
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自選句は次の10句。

  生まれくる嬰にも大き宝船
  石庭の波の荒るるや月今宵
  龍天に金平糖に角生まれ
  抽斗にマルクやフラン煤籠
  深海に眠る碇や蟬しぐれ
  まな板の傷干す秋の魚市場
  みやしろの美しき落葉は踏むまじく
  桐一葉まなざし深き増の面
  あを空のあを欲るさくらさくらかな
  松手入れ地下足袋あをき女弟子
  絹鳴りの闇ふかぶかと雪女郎
  汀行く春のショールを翼とし

 筆者(=栗林)の共鳴句は次の通り。

008 黒々と島立ち上がる初日の出
009 立春の岬が分かつ海の色
012 踏青やパレットに溶く風の色
014 踏切の向かうは海よ鰆東風
015 棒鱈や帳場の奥の船箪笥
024 大南風籠にしたたる海のもの
027 一筆啓上尺の岩魚の届きけり
027 糠床の機嫌よろしき芒種かな
028 麻服の皺美しき水平線
031 防人の径や白花曼殊沙華
038 檣灯にかもめの眠る十三夜
042 主義主張変へぬ真紅の皮手袋
045 風花のにほへり旅の姥餅
060 葛きろや縁下に鯉太らせて
061 青栗や縄文土器に火の匂ひ
064 夏つばめ水ふんだんに競り終へる
068 香水の一滴鎧ふ下駄の音
072 門までと送りてきしが月の客
074 目覚め良き手足花野を見に行かな
091 霜の夜は丹波黒豆煮含めて
098 赤ん坊に初めての雪春の雪
113 山盛りのコロッケを買ふ水泳部
114 ふたたびの頂に足すケルンかな
119 丈高きグラス磨くも秋思かな
122 小鳥来るジャングルジムに女の子
126 紅葉且つ散るや私雨の中
131 雪しんしん柱時計に捻子ふたつ
144 白樺のことにあかるき雪解かな
150 麦の秋六人乗りの乳母車
162 頁繰る音を違へて夜長かな
162 古書街に埋もるるも旅雁のころ
169 寒ぼたん絢爛たるをためらひぬ

 全句を読んでみて、境涯的なことの殆どない句集であると思った。わずかにお孫さんを詠んだのかと思われる句〈095 生まれ来る嬰にも大き宝船〉や〈098 赤ん坊に初めての雪春の雪〉が個人情報に関係しそうな作品と思われるが、少ない。つまり、手堅い叙景・叙物句が多く、老病死がない。きわめて健康的である。その点、大いに気に入った句集であった。それもそのはず。句集中には山登りと思われる句がある。お元気で羨ましい限りである。このところ、筆者(=栗林)に送られてくる句集には、私的な老病死に係る作品が多い。それはそれで重要な題材ではあるのだが、この句集のような、健康で向日性のある、普遍性のある実景句を見せられると、安心するのである。

008 黒々と島立ち上がる初日の出
009 立春の岬が分かつ海の色
014 踏切の向かうは海よ鰆東風
028 麻服の皺美しき水平線
などの作品は、その典型的な作品であろう。008の句には「黒々と」なる措辞があって、まさに作者の目で見た景であると納得する。「黒々と」と言っていながら、当然、景はどんどん明るくなって行くのである。 

042 主義主張変へぬ真紅の皮手袋
061 青栗や縄文土器に火の匂ひ
068 香水の一滴鎧ふ下駄の音
169 寒ぼたん絢爛たるをためらひぬ
 これらの句は、「真紅の皮手袋」への焦点の絞り方、「火の匂ひ」の感受、「香水」を「鎧ふ」という言い方、「ためらひぬ」の感覚、などなど大いに共感した。句の少なくとも一か所にアクセントがあるのである。

045 風花のにほへり旅の姥餅
 この句からは旅の宜しさを教えられた。決して「一人分かり」の句ではない。読者の中にもう一人分かる人がいれば、俳句冥利に尽きると言えるのだ。「姥餅=うばがもち」が草津の名物で、歴史的背景を少し知っていると、句が立ちあがる。

072 門までと送りてきしが月の客
「徒然草」に、客を門まで送った主人が、そのまま佇んで月を眺めている様を、奥ゆかしいと書いた章があったと思う。その感覚である。

074 目覚め良き手足花野を見に行かな
113 山盛りのコロッケを買ふ水泳部
114 ふたたびの頂に足すケルンかな
 これらの句からは、浅井さんの健康そのものの状況が見て取れる。「目覚め良き手足」は絶妙な表現。114は、登り始めるときにケルンに石を一つ積み、無事下山してきてまた石を足すのである。感謝がある。

119 丈高きグラス磨くも秋思かな
126 紅葉且つ散るや私雨の中
 おおよそ健康なのだが、たまには物思いに耽ることがある。人間である。人間には情がある。首の長い、薄手のワイングラスなどは、磨くとき、緊張する。単なる緊張ではない。はかなく毀れてしまう可能性に思いを致しながらの「秋思」なのである。
「私雨(わたくしあめ)」は筆者の大好きな詩的な雨である。

131 雪しんしん柱時計に捻子ふたつ
150 麦の秋六人乗りの乳母車
 気づきの作品である。柱時計には確かにゼンマイを巻くための穴が左右にふたつあったように記憶している。一つは針を動かすため。もう一つは時報やメロデイなど音のためである。
 二句目は、保育園の先生が5、6人の園児をリヤカーのような手押しの車に乗せて、近くの公園などへ出かける風景をよく見かける。だがこのように詠った句に出会うと、嬉しくなるのである。気づきが楽しい俳句を齎してくれる。

162 頁繰る音を違へて夜長かな
 いかにも静かな秋の夜。二人で読書しているのだが、頁をめくる音が微妙に違う。音の質だけでなく、間隔も違うのだろう。多分、お茶が美味しそう。安寧の中に、作者の敏感な感受性を見ることができる。

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