三宅やよい著『鷹女への旅』

 三宅さんが表題の三橋鷹女評伝を出された(創風社出版、平成29年4月7日)。氏は坪内稔典さんの「船団」の副代表で、勿論俳句実作者であられ、評論も多い。
 鷹女と言えば、四Tの一人ではあるが、多佳子、汀女、立子と違って女性らしさを嫋やかにえがくことをしなかった人のように筆者(=栗林)には見える。三宅さんが鷹女を書こうと思ったのは、おそらく、「嫌いなものは嫌い」とはっきり言い、触れるとけがをしそうな鋭い言葉で俳句を書いた鷹女に、おおいに惹かれてのことだったのではなかろうかと思う。


画像



 著作は、成田時代から始まり、鷹女の「鹿火屋」(原石鼎)、「鶏頭陣」(小野蕪子)を経て、その後の同人誌での句業、第一句集『向日葵』から第五句集『橅』までを詳述している。
 たまたま筆者は同人誌「円錐」に鷹女の第四句集『羊歯地獄』にかかわる短文を書いたので特にこの部分が気になって精読させて戴いた。というのは、この句集が、彼女らしさがもっとも鮮烈に表出されている句集ではなかろうかと思っていたからである。
 この『鷹女への旅』を読ませていただいて、個人的な興味としては、鷹女が「鶏頭陣」を辞めた事情を知りたかったのだが、夫婦そろって辞めたことが、さらりと書かれていた。もっと抉って戴きたかったように思うが、とまれ、鷹女の句の変遷と生涯全貌を知ることができた。貴重な著作であり、感謝申し上げています。


 参考までに、「円錐」73号掲載の『羊歯地獄』に係る拙文を、ここに再掲させて戴きます。

引用

 旧刊書評  三橋鷹女句集『羊歯地獄』             栗林 浩

 この句集は、国会図書館ではもう実物が見られない。デジタル化された画面で見てみる。概要は次の通り。
   昭和三十六年六月十五日、俳句評論社発行 
   二百部限定 発行人は高柳重信
   黒いシンプルな表紙の左下に「三橋鷹女句集」と横うちの銀色の印字あり
   序文の冒頭には「一句を書くことは一片の鱗の剥落である」とある。それほど力を込めて書いた句集であ    る。

 「円錐」のこのシリーズはなにを書いて許される。だから正直な感想を書こう。この句集『羊歯地獄』は表題からして読者を選ぶ。少なくとも花鳥諷詠に安らぎを覚える読者には向かない。そう言う部類に筆者も入る。
 三橋鷹女といえば、筆者の記憶には
  第一句集『向日葵』昭和十五年刊行
    みんな夢雪割草が咲いたのね    
  第二句集『魚の鰭』昭和十六年刊行
    笹鳴きに逢ひたき人のあるにはある 
  第三句集『白骨』昭和二十七年刊行
    帯売ると来て炎天をかなしめる  
    白露や死んでゆく日も帯締めて
    老いながら椿となつて踊りけり
がある。ところがどうだ。第四句集の『羊歯地獄』(昭和三十六年刊行)には鷹女のもっとも鷹女らしい作品が並んでいる。

 風花の窓開きなば狂ふべし
 心中に火の玉を抱き悴めり
 煮凝や指紋は常に悪に似て
 けんらんと死相を帯びし金魚玉
 狂ひても女茅花を髪に挿し
 緑蔭を出ざり半顔痣に染み
 枯向日葵へし折って我がちから減る
 春雪いくたび切腹で終る色彩映画
 恩讐や五月蛇いろドレス着て
 薄氷へわが影ゆきて溺死せり
 饐えた臓腑のあかい帆を張り 凩海峡
 羊歯地獄 掌地獄 共に飢ゑ
 羊歯原の清水を掬ふ 頭骸骨
 首のない埴輪の首に吸いつく 生首
 蘖ゆる 切断局部微熱もち
 血みどろ手袋 手も 血みどろ

 巷間、四Tと呼ばれている女流俳人のひとりとして評価の高い鷹女である。思うに、第三句集『白骨』までの、特に筆者が共感していて冒頭に掲げた句群は、他の四T(汀女、立子、多佳子)の誰でもが書けそうな作品であったかも知れない。しかし、鷹女は平明・平坦な抒情の道を選ばず、難解な表現主義的俳句の道を選んだ。右記に引用した第四句集『羊歯地獄』の句群がそれを証明している。おどろおどろしい「もの」や「言葉」が並ぶ。心地よくない。そして、この傾向は、一字あけの表記は別にして、第五句集にも受け継がれる。
 第五句集『橅』からも少しだけ挙げておこう。

  癌失せし駱駝を発たせ霧の尼僧
  種を蒔く眼に眼球を押し戻し
  頭に椿夜は出て踊る石仏
  こめかみに土筆が萌えて児が摘めり
  飲食や朝の蟬から頭が腐る

 まだまだ続くが、椿に関する第三と第五句集の二つの句を比較してみよう。
  老いながら椿となつて踊りけり  第三句集
  頭に椿夜は出て踊る石仏     第五句集
両句の間に彼女の変化が感じ取れるであろう。前句は自らを椿に託して平明に詠んだ。句の中身には「老い」があって必ずしも軽い句ではない。だが美しさが充溢している。後句はどうしても、石仏が椿を挿して踊る景を第三者的に書いたものとして、読んでしまう。句の材料も多い。ただ一つの例しか挙げなかったが、このように両句集の間には大きな隙間があるように筆者には思える。そして、第四句集は第三とは違って、第五に近い。
どうしてこのような方向に彼女は進んだのであろう。はっきり言って仲間の影響であり、そのような仲間を彼女は自分の意思で選んだせいであろう。「鹿火屋」「鶏頭陣」に留まらなかったのであった。ついていけない読者を振り落とし、結果、少数の熱烈な信奉者を得た。それが第四句集『羊歯地獄』の手柄であった。この営為がなかったならば、彼女は人気俳人になったかも知れないが、一流にはなれなかったであろう。これは宗田安正の言(「俳壇」平成十三年十一月)であるが、筆者(=栗林)も同意するところである。

引用終わり

 思えば、彼女の句業は、もちろん彼女自身の特質の結晶ではあるが、「鹿火屋」や「鶏頭陣」よりも、その後の仲間たちによる影響下で大成されたものであると言えはしまいか。富澤赤黄男であり、高柳重信であり、永田耕衣であったのだろう。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 2

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック