寺田達雄句集『門田』

寺田さんは俳歴四十年の方で、「木の中」と「街」に所属。『門田』は第二句集(文學の森、平成二十九年二月刊行)である。 門田とは、屋敷地の地続きにある田圃のことで、寺田さんが育った原風景である、と帯文にある。


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 自選句は次の十句。

  蒼天に種浸す水溢れしむ
  夕暮は辛夷の花のうしろから
  天道虫ついと裏葉へ回りけり
  蓮根掘まことの形摑み出す
  人日の蹠が摑む田の平
  卯の花や訪ねてみたきむらひとつ
  忽然と門田の土手の曼珠沙華
  ちちたちの青面金剛菜種梅雨
  初雀一羽いちはの声違ふ
  束の間の八十六年蕗の薹

 筆者(=栗林)の共鳴句は次の通り。(*)印は自選句と重なったもの。

014 かまきりの子に初めての夜が来ぬ
016 羽化直後むぎわらとんぼ風になる
019 籾筵四隅に石が置いてあり
020 軒深き茅の大屋根冬に入る
030 味噌桶の箍の新し春の闇
039 蓮根掘まことのかたち摑み出す(*)
043 蒔き終へし籾の手触りまだ五指に
045 畑のもの土間に転がる終戦日
061 もう一つの声が奥より種物屋
077 刈り進む稲の周りに風起こる
083 白菜の締り両手で確かむる
085 伸し餅のゆつくり冷める畳かな
102 夕暮は辛夷の花のうしろから(*)
104 初採りの胡瓜は花を付けしまま
111 てふてふの羽化見届けて帰りけり
116 妻・さちゑ永眠
    汝が植ゑし桜一枝枕経
136 百二百門田の宙の赤とんぼ
143 また一人花を待たずに逝きにけり
147 二川宿
    高窓の明りを入れて雛飾る
149 田が植わり村の境のなくなりぬ
152 送り火の榾燃え尽きるまでの黙
156 新しき笊を加へて梅を干す
166 つちがえるとのさまがえるを聞き分ける

 これらの内、実際に「農」に携わっているからこそ詠めたのだろう、と思わされた句を鑑賞したい。都会育ちのサラリーマンには決して詠めない句である。

016 羽化直後むぎわらとんぼ風になる
 とんぼの羽化は見たことがないが、想像はつく。だが、「風になる」は実際にその場にいないと書けない。この句集には、蟷螂や蝶について、自分の目で凝視した句がある。それらが、地に足付けた作者の存在を感じさせる。

019 籾筵四隅に石が置いてあり
 淡々とした写生句。何でもない農事風景。だが、こうもあっさりとは中々詠めないものである。何か凄いことを言ってやろうとしない宜しさ。

039 蓮根掘まことのかたち摑み出す(*)
「蓮根掘り」は大変な作業。筆者の敬愛する先輩俳人、故糸大八の句に〈蓮根を掘りたる他はみなまぼろし〉があるが(『白桃』平成23年刊)、門田氏の掲載句はより具体的な蓮根の「かたち」を詠もうとしている。読者も、その形をイメージする。

043 蒔き終へし籾の手触りまだ五指に
 この句の「手触り」がまだ「五指」に残っているという皮膚感覚・身体感覚が、農事に携わる人の実感として、読者にも伝わって来る。リアルで、かつ、収穫への期待も感じさせる。

083 白菜の締り両手で確かむる
 自分で育てた「白菜」だ。葉の締り具合で出来の良さ加減が分かる。きちんと「両手で」と書いてある。こう書けるのは、実作業者の強みである。

085 伸し餅のゆつくり冷める畳かな
 これは筆者にも思い当たる。昔は各家庭で、あるいは、近所が集まって協力しながら、何升も餅を搗いたものだった。それを新聞紙大に伸して冷ました。畳にはまだ温かさが残っている。

102 夕暮は辛夷の花のうしろから(*)
 美しい句。このような句は伝統俳句を詠む人に多い。その意味で寺田氏の句の巾の広さを示すものとして、戴いた。

104 初採りの胡瓜は花を付けしまま
 この句もリアルで、農事実務者にして初めて詠める句ではなかろうか。黄色い小さな花がまだ残っている。柔らかそうな「初採りの胡瓜」。

136 百二百門田の宙の赤とんぼ
 この句集の帯に載っている句。門田は寺田氏の原風景である。農村地帯と住宅地帯の狭間の風景であろう。このごろ赤蜻蛉が少なくなったと聞くが・・・。

166 つちがえるとのさまがえるを聞き分ける
 筆者にはまったく聞き分けられない。たぶん後者の啼き声の方が、より貫禄があるのであろう、と思うが……。田園地帯の宜しさを感じさせられる。

 地にしっかり足をつけての作品、有難う御座いました。

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