工藤惠句集『雲ぷかり』

 工藤さんが表記の句集を出された(本阿弥書店、平成28年6月1日刊行)。氏は坪内稔展さんの「船団」のメンバー。第6回船団賞を2014年に受けられた。



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 句集を一見、やはり軽快な「船団」的な作品が並んでいる。初期の句材はほとんど「たべもの」に係わる、微笑ましい句が多かった。

 自選10句は次の通り。

  みそ汁のきちんと残された若布
  春うらら家族みんなで老眼鏡
  さくらんぼクリックすれば会える人
  通信簿の涼しき丸の並び方
  かき氷前髪切った顔同士
  雨宿りしてじゃがいもを濡らさぬよう
  黄落期肩抱けばあるサロンパス
  冬紅葉昨日のような今日の午後
  プードルのように貴方を抱くわ、雪
  ブロッコリーいい奴だけどもう会えない

 さて、筆者(=栗林)が共鳴した句は次の通り。なお、(*)は工藤さんの自選と重なったもの。

011 三つの子なりの言い訳春キャベツ
013 ブロッコリーいい奴だけどもう会えない(*)
031 冬の月鞄に水の揺れる音
032 着膨れて一族並ぶパンダ前
034 出席番号八番までが風邪
040 白木蓮かかときれいな母でした
041 耳鳴りに耳澄ましけり春の昼
044 さくらんぼクリックすれば会える人(*)
049 馬面の一家見上げる夏の月
050 草の花見つけてくれないかくれんぼ
052 いやなのよあなたのその枝豆なとこ
059 消しゴムはショコラの香り新樹光
071 夏大根ニュータウンというふる里
081 学校は粘土の香り木の実降る
098 春の雷酔えばリングを外す癖
102 春うらら家族みんなで老眼鏡(*)
114 数え日のひとりで泊まる親の家
116 学校はセコムが守る大晦日
118 薄氷や母をそろそろやめようか

 いずれも軽妙な機智に富んだ楽しい句である。平明なので、わざわざ鑑賞文は要らないであろうが、次の8句には、読んでいて感想を書きたくなったので、簡単に触れてみる。

011 三つの子なりの言い訳春キャベツ
幼児の言い訳は大概が自分勝手で常套的であろう。が、ここでは「春キャベツ」がよく出て来た。手柄である。柔らかい春キャベツの色調もぴったり。かと言って、季語の付き方がべたべたではない。そこが良かった。

034 出席番号八番までが風邪
 作者はひょっとして教職におられるのだろうか?〈通信簿の涼しき丸の並び方〉や〈学校は粘土の香り木の実降る〉、さらに〈学校はセコムが守る大晦日〉などとこの句からそう思ったのだが……もちろん違っていてもよい。いずれも機智的な、しかも現代的な句である。

041 耳鳴りに耳澄ましけり春の昼
「耳鳴り」に「耳を澄ます」という表現は、言われてみると、あるなあと思わせられる。

050 草の花見つけてくれないかくれんぼ
「かくれんぼ」で中々見つけて貰えず、不安になった思い出が、誰にでもあろう。ノスタルジーの句。「草の花」の斡旋は出来すぎか?

052 いやなのよあなたのその枝豆なとこ
「枝豆」がポイント。どんな意味を託したのだろう。食べた後の殻が嵩張って残るからか? 食べても食べても腹いっぱいにならないからか? 採り立て、茹で立ては旨いが、すぐに味が下がるからか? 自分に言われているようで気になる。結論は出ない。あまり意味を追いかけるべき句ではないのかも?

098 春の雷酔えばリングを外す癖
 珍しく艶と屈折のある句。他の句があっさりしているので、このような句に出会うと演歌的な雰囲気を感じさせられる。

114 数え日のひとりで泊まる親の家
 これも屈折のある句。普通は両親がいて、そこに泊まるから「親の家」なのだが……。ひょっとしてご両親は入院されていて、お見舞いに来て、その夜は両親不在の家に泊まったのか? しかも忙しいはずの「数え日」だ。考えさせられた。

118 薄氷や母をそろそろやめようか
 そろそろ子離れをしないと……と考えている母親。ここまではよくあるケース。だが筆者は、この「母」を「妻」に替えたり、「父」「夫」にしたりして楽しんだ。邪道な鑑賞だが、そうすることで当たり前の句が拡がる。いや、拡げて楽しませて戴いた。

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