栗田やすし句集『半寿』

 栗田やすしさんの第五句集である(平成31年4月25日、角川書店刊行)。栗田さんは沢木欣一・細見綾子の「風」にて薫陶を受け、平成10年、「伊吹嶺」を創刊、30年に河原地英武氏に主宰を譲られた。俳人協会副会長であられる。『半寿』は氏の81歳の記念句集である。



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氏の自選句は次の12句。

 ふるさとに旅人めきし冬帽子
 今もなほ師の手の温み綾子の忌
 振り向けば一筋の道寒明忌
 壁青きカフカの家や夏つばめ
 泰然と色変へぬ松欣一忌
 山積みの古書如何にせん木瓜の花
 厨の灯消せばにはかにつづれさせ
 みやらびの句碑をなぞれば春の雷
 蜥蜴這ふ砲火に焦げし洞窟の口
 慰霊の日礎にすがり婆泣ける
 負け牛の目の血走れる炎暑かな
 赤土に幾万の霊甘蔗の花

筆者の感銘句は次の通り。(*)は氏の自選と重なったもの。

007 鵜河原の石の白さも秋めきぬ
011 雪虫がまつはる誓子多佳子句碑
014 落ちてなほ息づくごとし白椿
014 人力車降りて開きぬ白日傘
018 風紋に影やはらかし黒揚羽
033 歳晩や船で届きし古酒の甕
040 はくれんの白極まれば錆び兆す
043 火の山の風が涼しき草千里
047 金印の島の真上を鷹渡る
050 ロボットが妻に替はりて掃始
051 句碑の辺の梅一輪のうすみどり
055 壁青きカフカの家や夏つばめ(*)
060 被爆樹の繁りて深き木下闇
061 蛇笏忌の過ぎてにはかに火の恋し
069 もてなしの蕪村の軸や夏座敷
073 腕組んでつひに踊りの輪に入らず
077 笹鳴きを聴きしと妻のささやける
082 無言館出て尺蠖をはげませり
097 朝霧や影絵めきたる蜆舟
102 犬死して首輪残せり春の宵
103 点字付す望郷句碑や河鹿鳴く
107 花野来て海の青さの小石買ふ
110 傷つきし夜の白鳥は声立てず
115 搗き終へし杵のほのかや蓬の香
119 湖晴れて小蜂飛び交ふ四足門
122 母の亡き離れ二間の白障子
124 初買は伊豆修善寺の夫婦椀
151 若夏の風や仔牛のよろけ立つ
156 海光やこぼれて白き花月桃
163 黴臭き幕僚室に自爆痕
170 牛呻く涎を灼くる地に垂らし
171 負け牛の目の血走れる炎暑かな(*)
180 絣織る音のこぼるる萩の路地
182 芭蕉布やカンカンと鳴く秋の蟬
189 ブーゲンビリアゆるゆる過ぎしモノレール
189 黙認といふ基地内の冬菜畠

 一読して、この句集は「師へのオマージュ」「妻への恋情」「沖縄鎮魂」を詠ったものである、との感想を持った。
 作品は、見るからに即物具象で写生から成り立っている。だから見たものをそっと放り出して読者に示す作品が多い。それを読んだ読者は、筆者(=栗林)を含め、読まれた「もの」に対する共通意識を呼び起こし、イメージを膨らませる楽しみがあるのである。つまり、栗田さんが見たものを読者も見たことがあるとき、感動は大きく膨らむのである。仮に「共時性」とでもしておこう。
 自選句と重なった2句を鑑賞しよう。ごく個人的な鑑賞であることをお許し願いたい。

055 壁青きカフカの家や夏つばめ(*)
 プラハ市内からカレル橋を渡ってプラハ城へゆく途中の細い路地にカフカの家がある。筆者には、青かったかどうか記憶がないのだが、著名な哲学者が住んでいたとは思えないほどの小さな家(というか長屋の一角)だった。若し夏ならば、夏つばめが飛んでいそうな景である。この句から、共時性とでもいうのだろうか、作者(=栗田さん)と一緒にあの小路を歩いているような感覚になるのであった。筆者にとっては、現役時代であり、辛い業務があったこともあって、ほろ苦く、懐かしい景である。

171 負け牛の目の血走れる炎暑かな(*)
 沖縄の景なのだが、筆者は、別の場所で見た。宇和島だったと思うが、定かではない。しかし、負け牛のかなしげな目を記憶している。周りの状況も、日時も、観客の状況もすっかり抜け落ちて、不思議なもので、あの目だけが脳裏に残っている。

 その他にも「共時性」を感じさせる句が沢山あった。幾つかを鑑賞しよう。

011 雪虫がまつはる誓子多佳子句碑
 橋本多佳子を調べていたとき、彼女が誓子らと長良川の鵜飼いを見に行ったときのエピソードを知った。誓子ら男衆が鵜匠の山下氏の好意で鵜飼い舟に同乗させてもらえたのだが、女の多佳子は許されなかった。誓子らは舟に乗って直近で鵜飼いを見ることで佳句が作れるのに、女の私にはそれが許されないのは如何にも悔しい。談判した結果、男装をして載せて貰ったという。

014 人力車降りて開きぬ白日傘
 白日傘の女性の立ち居ぶるまいが、手に取るように映像化されて立ち上がった。何でもない景なのだが、筆者の好きな句の一つである。

043 火の山の風が涼しき草千里
 この句からは、阿蘇の雄大な景色が見えてくる。草千里をあそぶ馬も見えてくるから、不思議である。

047 金印の島の真上を鷹渡る
 福岡市の志賀島のことである。古い歴史のあるこの地の上空を、いま、鷹が渡ってゆく。場所の特定が見事に成功していると思った。

051 句碑の辺の梅一輪のうすみどり
 梅の蕾は赤いのではなかろうかと思うのだが、「うすみどり」とある。緑萼梅を思い出した。他の梅が赤い蕾なのだが、この種の梅は綺麗な薄緑色をしている。まことに美しいし、細やかな作者の気づきがうれしい。

069 もてなしの蕪村の軸や夏座敷
 来客をもてなすために掛け軸を季節のもの、しかも、客が俳人であると知ってか、蕪村の軸を掛けていてくれた。主のこの細やかな心遣いが嬉しい。しかも、そのことに気が付いた客人も、こころある俳人なのであろう。筆者イチオシの句。

097 朝霧や影絵めきたる蜆舟
 この句は、すぐに宍道湖の朝の景を思い出させてくれた。絵葉書のようで、キレイすぎる、と言う人もいるだろうが、不易な美しさである。このような景は誰が何度詠んでも良いと、筆者は思う。

103 点字付す望郷句碑や河鹿鳴く
 村越化石に関するこの句を含む前後三句には、筆者の重すぎる記憶がある。岡部(現藤枝市)や草津の楽泉園に何度訪ねたことだろう。化石さんのことを思い出すと、筆者はすぐに目頭が熱くなるのである。茶どころの岡部の「玉露の里」の句碑には〈望郷の目覚む八十八夜かな〉とある。化石はこの句碑開きのとき、60年ぶりに実家に帰り、この碑を自らの舌を以て読み取ったという。舌読である。

119 湖晴れて小蜂飛び交ふ四足門
 湖北のある集落の入口に四足門がある。この地「菅浦」は古くは天皇に食物を献上する役割を持った人たちが住んでいたところで、古い歴史がある。ひなびた吟行地としても、また訪れたいスポットである。

124 初買は伊豆修善寺の夫婦椀
 筆者にも全く同じ経験がある。買初めではなかったが、修善寺旅行記念に椀を買い求めたのであった。もう20年も前のことが懐かしく思い出される。赤い桂橋、独鈷の湯、頼家の指月院、頼家の墓などなど……。

156 海光やこぼれて白き花月桃
 この句集の後半には沖縄で詠まれた句が続いている。句集全体で340句のうち160句が沖縄である。栗田さんの沖縄への思いが籠っている。筆者は沖縄を代表する「月桃の花」を、いつか詠みたいと思っていて、まだ果たせていない。

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