『今井杏太郎全句集』

 今井杏太郎全句集刊行会が同全句集を編纂し、このほど出版した。会のメンバーは、鴇田智哉さんや仁平勝さんほか六名の方々である(角川書店、平成三十年九月二十八日)。
 以前から今井杏太郎の作品に興味を持っていた筆者は、すぐに第一句集『麥稈帽子』(昭和六十一年)から第五句集『風の吹くころ』及び、それ以降(平成二十四年まで)の全句を読んでみた。この全句集のおよそ半分の厚みに相当する。残りの半分は、随筆や俳論、俳話抄、自句自解、解説(仁平勝)、略年譜、季語索引などである。略年譜は極めて簡素な纏めであった。
 栞は、大石悦子、片山由美子、井上弘美、鴇田智哉、高柳克弘が書いている。


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 筆者の好きな句を抜き書きしておこう。

第一句集『麥稈帽子』より
016 紅梅にしみじみといろありにけり
017 三月の雪はりんごの木に降りぬ
019 花冷やにぎれば拳ひらけば手
019 鳴きごゑの波よりひくく春の鴨
019 田螺鳴くほのぼのと人呼ばふかに
020 空よりもはるかに春の雁のこゑ
023 風車持ちかへてよく廻りけり
023 美しきひとにも逢うて春の山
024 蓮の葉の水ちぐはぐに動きけり
025 郭公は朝鳴くものと思ひけり
030 昃りてしらねあふひの花なりし
032 螢売の来てゐる銀座七丁目
037 湯上りのふぐり軽しや秋の風
038 長き夜のところどころを眠りけり
043 鴨撃の金子兜太のやうな顔
043 いち日をなんにもせずに寒かりき
046 枯山にしばらくをれば馴れにけり

第二句集『通草葛』より
062 馬の仔の風に揺れたりしてをりぬ
063 ひとが来て跼めばすみれ草ありぬ
064 子供らに春の小川は流れけり
064 たんぽぽの花に坐れば安房の国
066 他の木にきぶしの花のかかりけり
069 草の上に紙風船の置かれたる
080 前にゐてうしろへゆきし蜻蛉かな
090 笹山のさらさらいうてしぐれけり
093 むらさきのいろを思うてくさめかな

第三句集『海鳴り星』より
104 北窓をひらく誰かに会ふやうに
104 はくれんの花のまはりの夜が明けぬ
105 老人にほくろがありてあたたかし
106 風返し峠にて鷹鳩と化す
113 三井寺の螢袋の雨の色
115 昼寝より覚めてきのふの家に居り
118 泳ぎ来し子は美しきこゑ出しぬ
119 風鈴を吊ればしづかに鳴りにけり
121 鵲の橋のかかりし夜空かな
125 老人のまはりに増ゆる木の実かな
130 ふたりゐるひとりは落葉籠を負ひ
133 外を見て障子を閉めてをはるなり
134 きつね火の富士の裾野をゆくころか

第四句集『海の岬』
142 やどかりはさびしい虫でありにけり
143 かたくりの花の揺るるを風といふ
143 南より北へながるる春の川
145 桃の咲くころに上総に子守唄
146 てのひらに花をつつめばあたたかく
146 ゆふべにはうかんで春の鳰
146 引いてゆく鴨のしばらくして見えず
149 浮いてゐる船に祭の子が乗りぬ
149 桑の実の色づきしよりうすぐもり
150 さびしさのつづきに見ゆる麦の秋
154 灯台のともりて月見草の咲く
155 だんだんに離れてゆきし籠枕
156 きばなこすもすはさびしいひかりかな
156 秋になりこゑのきれいな鳥の来る
159 十日ほど前にも蓮の実は飛びぬ
167 梟のこゑは信濃の山の風
168 枯蔓を引けば木曽路は山の中
170 凍滝に水の折れたるところあり
170 咳といふかなしいこゑのありにけり

第五句集『風の吹くころ』より
190 白河の関を越ゆれば目に青葉
194 帚木を離るる風のありにけり
200 みちのくの北へ流るる川の秋
201 子守唄よりも遠くに蕎麦咲けり

『風の吹くころ』以後より
213 茶の花をてのひらにしてしづかな日
213 風垣の内なる声は父のこゑ
214 うららかや上野の山に人のこゑ
214 船宿の春の障子に水の影
215 咲き満ちて雨の桜になりにけり
217 滴りが見ゆるよ星の降るやうに
218 かなしめば冬のすみれは海の色
222 こほろぎは畳の上に来て鳴きぬ
222 舟唄を歌へば最上川に雪
223 かなしめば冬の花火は夢の中

 今井杏太郎は、第一句集から最後の句まで、句柄が全く変わることなく、しっとりと、ゆったりと、抒情を籠めて詠い上げている。只事俳句と思ってしまうのもあるが、当たり前のことを詠んでいて、しかし、句に味があるのが不思議である。「老人」の句が目立つが、自分自身のことと思える。形容詞や副詞には、「かなしめば」とか、「さびしい」とか、杏太郎にはとても好きな言葉があるようだ。その人柄が髣髴としてくる。
 杏太郎研究者とって、絶好、不可欠な全句集である。

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