仁平勝「シリーズ自句自解Ⅱベスト100」

 仁平さんの該著を読ませて戴いた。平成三十年六月十五日、ふらんす堂刊行。


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 どの句も仁平さんらしい軽妙な、時には懐かしく、哀れみや可笑しみを齎してくれる。あとがきには、俳句を作るうえで、五七五のリズム(ただし字あまり、字足らず、破調も許す、とあるから「定型感」のある破調という意味であろう)が一番大切だという。特に好んだのは句またがりであろう。
 
  何が悲しくて青野に石投ぐる     勝

 また、氏は、連句でいう平句をお好みである。俳句は発句と違って、脇句がないのだから、べつに切れがなくても良い、とお考えである。だから平句が多い。そして虚子にも多いという。

  泣き虫で金魚すくひの名人で       勝
  靖国の暑いの暑くないのつて       勝
  焚火してくれる情に当たりもし      虚子

 100句をすいすいと読んでしまったが、筆者(=栗林)の常日頃考えていたと同じことが自解に述べられているので、その一句と解説を抽出しておこう。

  お待たせといひて日傘をたたみたる   勝

これも平句のひとつだが、こう自解している。

  俳句は省略の文芸である。外山滋比古の『省略の文学』では、切字が省略を可能にするように書かれている が、省略の芸はそんな単純なものではない。
  たとえばこの句。主語が省略されているが、妙齢の女性であることは見当がつく。「お待たせ」というのだか  ら、待ち合わせだろう。しかも日傘をたたむのだから、そのまま歩いて行くのでなく、どこかの建物の中に入る  わけだ。それはどういう場所で、そこで何をするのか。そこから先は読者の想像に任せることになる。                                                              (『黄金の街』)

 つまり、俳句はおしまいまで書いてはいけないのである。空白を埋めるのは読者である。だから、日頃、筆者が考えているように、俳句作品の良し悪しは作者ではなく、読者の責任である、ということ。
 
 重くれの立句がないから、楽しみながら、あっという間に読み終えてしまった。多謝。

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