小原啄葉句集『草木』 

 小生のワードには新字の「啄」の字しかなく、正しくありませんがご寛恕下さい。
    
 小原さんの第十一句集『草木』(令和元年5月25日、角川書店刊行)を読む機会を得た。氏は大正10年5月生まれだから、満98歳になられる。『草木』は氏の好みの「草木国土悉皆成仏」に因んだとのこと。

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 筆者(=栗林)は4年前に盛岡の小原邸を訪ねて、俳句のお話をいろいろ伺った。中国最前線で死の恐怖を味わったこと、東日本大震災で多くの知己を失くしたこと、そして、95歳になったら、95の、96なら96のその時の俳句を詠むのだ、と話して下さった。そのことは拙著『昭和・平成を詠んで』に収録してある。そのころ氏はお足が自由ではなかったようだったが、この第十一句集を読むと、その後も色々な所に出かけて行って、作品を創られている。お元気なご様子に休心している。
 さすがに、ご自分の思い出や母や父の故郷の句が多くなっているが、その句柄は、声高に何かを主張するのではなく、来し方をじっくり反芻するかのごとく、豊かに、ゆったりと、「もの」や「こと」に托しての情が詠まれている。以前、お話を直接伺ったせいか、一句一句が筆者の胸に迫ってくる。どの句も、すべてが有季定型に納まっていて、無理に型に押し込んだ形骸は見られない。やすやすと、口から出て来た作品であるに違いない。
 小原さんは、よく知られている通り、山口青邨に師事し、東北に俳句文化を齎そうと、「樹氷」を創刊、詩歌文学館賞などを貰っている。

 自選句は次の12句。

  恵方道瓦礫の浜を二度も過ぐ
  母の忌や冬着の袖の陀羅尼助
  花種は決めてをらねど畝つくる
  ちちの忌に今年も来たる閑古鳥
  蛍の火雨の上りしそのあとも
  おのづから川にそひゆく蛍狩
  堰の水まるく流して冷し瓜
  籠枕いくさなき世に存へる
  いわし雲死者の数には及ばざる
  老ゆるとも忘れぬものに開戦日
  足るを知る平成に生き初音きく
  不動村生れ誇りに初不動

 筆者(=栗林)の共鳴句は次の通り。(*)は小原さんの自選と重なったもの。

007 御降りと呼ぶも疎ましこの吹雪
008 初鷄を聞いてまた寝る母の家
008 父の座に父の箸借り小年越
009 母の忌や冬着の袖の陀羅尼助(*)
010 阿国忌のははの閨より阿六櫛
012 花種は決めてをらねど畝つくる(*)
013 父植ゑし吾が同齢の桐咲けり
015 閑古鳥火点し頃をまだ鳴ける
016 空の色まだ空にあり夕蛍
018 蛍籠袖囲ひしてバスの中
019 田草取葬列過ぐるまで立てる
024 河鹿鳴く川の中なる露天の湯
031 ぬくめ酒酔ひがまはれば泣く男
038 ここからは樏となる父の墓
039 炉話の叔父のコサック騎兵かな
039 遠狐啼けば耳立て馬屋の馬
043 雪来ねば来ぬで何やら落着かず
046 ストーブに鯣烏賊やく五能線
046 千空とおなじ畳へ布団敷く
054 雪形に農のはじまる奥遠野
056 蕗の薹川が曲がれば道まがる
059 流し雛二三歩ついて見送れる
063 素足もて踏める生家の板間よし
066 南部富士裾まで見えて袋掛
071 いきいきと蛇のゆくへの草戦ぐ
071 蛇渡し皺も残さぬ沼の水
075 乾拭きのものばかりなる盆支度
086 雪を踏み固め葬りの道つくる
091 納棺が済めば再び頬被
099 四日早や独りの膳にもどりたる
106 水へ垂れ水にとどかぬ枝垂梅
113 最後かも知れぬ袷の更衣
118 戸襖のみなはづされて馬祭
127 新涼の鈴ふるだけの巫女の舞
133 落し湯の音の消ゆれば虫鳴ける
143 山も木も容やさしき今朝の雪
150 やはらかにぶつかり合ひて初詣
150 健啖を誉められ雑煮お代りす
151 嫁叩一度はやつてみたきもの
156 新社員まづは抽出開けてみる
157 湯気立てて湯気の中より仔馬生る
162 短夜の下を端折れる津軽弁
171 鯉らしきものへ流灯つまづける
179 襟元をゆるめ水注す菊人形
185 竈猫義姉の言葉は判るらし
186 五人みな遺族と言へる牡蠣割女
191 双六や昔は二〇三高地
194 仮の名もともに仔猫を呉れてやる
195 手をさするだけの見舞よ春寒し
196 円卓を回され海胆を逃したる
200 次に摘むものへ目を据ゑ蕨狩
202 口つけて舌まはしゐる菖蒲酒
210 尻押して灼くる車へ牛乗する
225 七人の敵今はなし敬老日

 あまりにも多くを選び過ぎた感がある。しかし、絞るに忍びない思いがある。まず、選の重なった2句を鑑賞しよう。

009 母の忌や冬着の袖の陀羅尼助(*)
 母の、あるいは父の遺した着物から何かが出てきたという句は多い。しかし、陀羅尼助にはおそれいった。腹痛の薬でとても苦いらしい。「母の忌」とあるから、母がむかし来ていた着物を出して縁者で話し合っているのだろう、その着物の袖に陀羅尼助を見つけた。思い出話に花が咲いたことであろう。「もの」に語らせた佳句だと思う。

012 花種は決めてをらねど畝つくる(*)
 季節が巡って、今年も何か花種を蒔こうと、とりあえず畝をつくった。もちろん候補はあるのだが、明日か明後日決めよう。ゆったりとした春のときの流れを、巧まずに、表現した。
小原さんの句には。このような「ゆったり感」が随所にある。たとえば〈016 空の色まだ空にあり夕蛍〉〈019 田草取葬列過ぐるまで立てる〉〈046 ストーブに鯣烏賊やく五能線〉〈056 蕗の薹川が曲がれば道まがる〉〈066 南部富士裾まで見えて袋掛〉などきりがないほどである。

 もう少し鑑賞したい。風土に根ざす佳句群である。
043 雪来ねば来ぬで何やら落着かず
054 雪形に農のはじまる奥遠野
066 南部富士裾まで見えて袋掛
086 雪を踏み固め葬りの道つくる
 陸奥の風土といえば雪である。つらい「雪」ではあるが、これが来ないと何となく不安になる。筆者も雪の地方に育ったので、この妙な心境はよく分かる。三句目は、岩木山の明るい景が目に見える。「袋掛」は絶妙な季語である。

 最後に小品ながら、小原さんの細やかな気遣いが分かる句。解説は要るまい。
018 蛍籠袖囲ひしてバスの中
019 田草取葬列過ぐるまで立てる

 有難う御座いました。次は、100歳のお句を楽しみに致しております。

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