鈴木石夫句集集成

 「歯車」の前田弘代表から該著を戴いた(平成31年3月10日、「歯車」俳句会刊行)。「集成」だから句数が多く、ようやくこのほど一読を終えた。といっても眼光紙背に徹する読みまではできていない。それでも、好きな句を多く抽くことができた。左に挙げさせて戴く。なお石夫氏は大正14年生まれで、瀧春一の「暖流」に所属、昭和33年、「歯車」1号発行。平成18年5月に亡くなられた(80歳)。その間、多くの俳句作品と俳句論・俳人論(瀧春一、石川桂郎、伊丹三樹彦など)や数多くの書評・解説を書き、現代俳句協会常任幹事を務められた。


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なめくじが或る夜俎上を横ぎりぬ
秋風の奥へ悍馬を走らする
卯の花腐し暮るれば乳房冷えゆくや
寒三日月吾が翳を生む力なし
麦の色はつかにあおき日を離郷
赤い風船人界を抜けためらわず
海光がぎらぎら届き胃酸過多
枯野月明紙出せば紙美しき
高貴にして阿呆キリンも白息吐く(注1)
東京時雨おろおろ歩く母をかばい
荒ぶ世の中授乳は常にひそやかに
巧みに空気に乗って金魚を担いくる(注2)
馬の白息太し靭し信濃に入る(注1)
蓄積疲労 すり減った月遅く出る
宿酔に鋼のような空がある
西の京滴るばかり曼珠沙華
謀反の胃を出張に持ちあるき
父の死の 受話器の奥の風の音
尾行者の音で落葉が蹝いて来る
漠然と死が見える日の寒潮音
寝正月ちらりちらりとあかい蝶
片乳房失くした埴輪 ははか妻か
旅ゆけばくにざかいなる黒卵
倶知安の雪女から来た手紙(注3)
牡丹散つて石は次第にやはらかく
玉の緒のたへなばたへね 烏瓜
火炎樹やつはものどもが惨の跡(注4)
風の盆 風を高麗より貰ひけり(注4)
手花火の後ろに亡母を招んである
烈霜や黒靴下の むすめふさほせ(注4)
雁風呂を焚いてそろそろ岩田帯
青蝗一つ捕つては ちちのため
行き行きて 肺碧き碑にめぐり逢ふ
野蒜掘るこの地つづきに父の骨
山梔子の実に言霊の幸ひぬ
閑かさや 氷の中の朱の金魚(注4)
ガーターはそのままにして虎に乗る
死後も要るおちやわんと箸 枯木星(注5)
臨月の 薔薇を沢山見てまはる
和魂を形にすれば白いぎんなん
風返し峠 合歓の木思案の木(注3)
田一枚遊びのやうに蕎麦の花
掌にのせて蛍火熱くなるを待つ
郭公が喚ぶよ豆蒔け奥信濃
隠し絵のどこかに鵙の声がする
含羞を形にすれば花堅香子
肩の力抜いてだんだん干大根
石蕗の花お墓はみんな石である
飛び下りて滝は単なる水になる
裏山に名前がなくて裏の山(注6)

 筆者は、この「集成」の前半部分から多くの作品を選んでしまった観がある。筆者の好みがそうさせたのであろう。読み始めて、石夫氏は、句の素材や文体のとても広い方だと感じた。だから、「俳句は自由でなければならない」とあるのは頷ける。伝統的な叙景句や花鳥諷詠はすくない。いや、殆んどないのではなかろうか。「や」「かな」「けり」を使わない人だと思った。でも、読んで行くと、そんなことはない。少ないものの(注4)に示した通り、いくつか見つかった。また、伊丹三樹彦さんと同じ一字空け表記が見られ、三樹彦さんの影響を感じた。
 さらに読み進めると「俳句は面白くなければならない」とも書いてある。全く同感である。しかし、筆者としては、ただ面白いだけではいけない、と日頃思っている。面白いだけなら定型のギャグかできの悪い川柳なってしまう(誤解をされてはいけないので言うのだが、川柳には結構高質なものがあると思っている)ので、安っぽい寓意でなくて、深淵な象徴性や特異な視点から世事の真実や不条理を喝破したような句が欲しい、と思っている。その点で(注5)の句は筆者のイチオシである。面白くてペーソスがあり、真実味がある。
 描写の妙に感じ入ったのは(注2)である。今は見かけないが、棹の前後に桶を担いだ金魚売の姿が髣髴として見えてくる。
 次に(注1)に触れよう。実は筆者の参加している幾つかの句会の一つでは、「白い息」は人間にしか使ってはいけないことになっている。ただ、講談社版の「日本大歳時記」では、人以外に馬にも用いられている。現代俳句協会以外は、ほとんどが人間に限定しているように見える。キリンに使ったのが面白い。だから、(注1)は自由な俳句を標榜する石夫ならではの快作である、と思うのである。 
 順番がまちまちだが、(注3)に触れてみる。あまり有名でない地名が妙に効いていて、好感を持った。「倶知安(くっちゃん)」は函館本線の小さな駅。冬は雪が深いところである。「風返し峠」はたしか筑波山にあったのではなかったか。風の強いところだった。筆者などは、これらの地名に思い当たることがあって、すぐに取らされた。
 最後に(注6)。この「集成」の表題となった石夫氏の代表句である。しかも、無季句である。俳壇を概観すれば、有季定型が王道のように見えるのだが、この句のような無季句が代表句となっているということは、自由な俳句を志向する氏の当然の帰結であり、面目躍如たるところであろう。
 ごく私的な、かつ、恣意的な感想を述べさせていただいたが、ご寛恕願いたい。とても楽しく読ませて戴いた。鈴木石夫研究には貴重な「集成」となろう。

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