大森 藍 句集『象の耳』

 大森藍さんが第二句集を出された(平成31年3月28日、金雀枝舎)。平成11年に宮城県芸術協会文芸賞を受賞。同13年に、以前属していた「滝」の同人を辞して「街」入会し、即、同人となられた。第一句集は『遠くに馬』で、今回は15年ぶりの句集である。大森さんは米寿となられる。
 帯には、今井聖「街」主宰が「象の耳を見ては哀しいと思い、活断層の上に立つ己をひりひりと実感する」、「〈知性〉と〈想像力〉が拮抗している」と書いている。東日本大震災で多くの知己を失くされ、現在、仙台にお住まいである。



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 自選句10句は次の通り。

  木苺と朝の雫をてのひらに
  夕虹に祈りの色を加へたし
  飛花落花活断層はこの真下
  みちのくのひりひりひりと我も裸木
  ふた昔とほきに目覚む霞かな
  つぎの世へ足を伸ばしぬ目借時
  阿弖流為の憤怒の息ぞ青やませ
  灯を消してよりの手と足沖縄忌
  かなしみのなほ秋風の象の耳
  汚染土に鷗の声に冬の雨

 筆者(=栗林)の共鳴句は次の通り多くに及んだ。(*)は自選句と重なったもの。

007 枇杷の皮するり太平洋暮るる
010 指揮棒(タクト)まだ静止のままや天の川
014 柚子たわわ父の乱れをつひに見ず
015 腓より背骨をのぼる山の冷え
015 漂白剤臭ふ三島由紀夫の忌
026 炎昼や車が車吐き出して
032 穴を掘る男がひとりクリスマス
047 八月や嘘をつくにも力要る
050 港湾の鉄の匂ひの飛雪かな
051 海嘯の音のにはかに帰り花
053 男来て枯野の匂ひ零しけり
064 みちのくのひりひりひりと我も裸木(*)
069 かの地震を誰も語らず新走
070 笹鳴や時間がくれば飯を食ひ
071 寒暮光目つむれば海また溢れ
078 初桜鉄棒の錆不意に匂ひ
084 眼鏡とれば水底見ゆる晴子の忌
092 蜩や坂の途中の写真館
094 台風一過濁流に椅子起き上がる
098 葱匂ふ闇に響ける施錠音
107 六月の夜汽車かすかに乳匂ふ
108 山背くる気配や遠野物語
109 釣忍すぐ眠くなる姉の家
113 草の露踏んで明日の我に遇ふ
114 新蕎麦や月山の水褒め合ひて
134 麦秋の空や子犬の鼓動抱き
136 川音のやがて雨音青胡桃
140 かなしみのなほ秋風の象の耳(*)
141 電車のドア開きやんまと海の音
144 海老の尾のぴんとシベリア寒気団
159 待宵の髪を濡らさぬほどの雨
159 繋がれて嗅ぎ合ふ馬や水の秋
170 落石のかすかな谺雪間草
181 寒星へ鉄路真直ぐ戦あるな

 いくつかを鑑賞しよう。

064 みちのくのひりひりひりと我も裸木(*)
 この句の前に〈マグニチュード9その夜の美しき星の数〉があるので、この句は、当然、東日本大震災の句であり、沢山のかなしい句のあとの一句である。震災の後の樹木は、冬だからだけではないのだろう……裸木となっている。その裸木と自分は同じなのだといっている。「ひりひりひりと」が身に降りかかってきた震災の状況を物語っている。

140 かなしみのなほ秋風の象の耳(*)
 象をみていて、なんとなく寂しさを覚えるのはよく分かる。しかも秋風のシーズンである。とくに、あの大きな図体の動物の割には小さな「耳」とその「形」「動き」そしてその「質感」に、彼女は哀れさを感じた。大森さんの優しい感受性の現れである。

071 寒暮光目つむれば海また溢れ
 「海また溢れ」とはかなり抑えた表現である。「目つむれば」あの悲惨な光景が、いやでも目に浮かぶ。津波が火を伴って家を流し、船をビルの屋根にまで持ち上げた。阿鼻叫喚と残された瓦礫の山……。目つむれば、あの悲惨な景が浮かんで来てしまうのである。

092 蜩や坂の途中の写真館
 大森さんがなぜか思いを寄せている「写真館」なのであろう。そうでなくても、蜩の鳴く坂道を登って行くと、ふと写真館があるのに気がついた……。落ち着いた佳品として看過できない一句である。何も主張しない宜しさに、筆者(=栗林)は好感を持った。

170 落石のかすかな谺雪間草
 大森さんのこの句は国内のどこかで詠まれたのだろうが、この句から筆者は、やや個人的な経験を思い出した。スイスの山の麓の宿に泊まったとき、夜の静まった時間帯に岩が落ちてくる音がしたのである。アイガーだったと思う。日本の山は緑でなめらかなのだが、外国の山は岩ゴツゴツである。だから、落石現象はよくあるそうだ。近くなら怖ろしいが、「遠雪崩」という言葉があるように、遠い落石音である。「落石」が俳句になるとは、予想もしなかった。ユニークな一句。

181 寒星へ鉄路真直ぐ戦あるな
 この句から、筆者は佐藤鬼房の次の句を思い出した。
   戦あるかと幼な言葉の息白し   佐藤鬼房『夜の崖』
   重油浮く入江の寒さ戦あるな   同
 全く別の作品だから、もちろん、問題はない。鬼房も風土俳人でありながら、社会性のある句を詠んでいた。大森さんも、反戦・厭戦という面で、社会的な意識を持っておられるのである。この句は句集『象の耳』の掉尾の句である。戦のない令和時代を願う気持ちなのである。

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