成瀬喜代句集『東路』

 成瀬さんの句集『東路(あづまぢ)』が「俳句アトラス」から届いた。卒寿記念に刊行されたと知り、敬意を表すべく読み始めた。この句集は「夫恋」である。それ以外にも、もちろん、しっかりした句が並んでいて、成瀬さんご自身の自分史として、立派な句集となった。
 成瀬さんは野澤節子に師事し、結社「蘭」の最重鎮として活躍してこられたようだ。序文は松浦名誉主宰が描かれている。あとがきには「この一集を亡き夫に捧げます」とある。


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 帯に抽かれた句は、

  わが髪もしだれさくらも風の中
  灯台は女神のすがた春光る
  声とどく距離に夫ゐる茸採り
  利根川を去るきつかけの嚏かな
  白鳥引く藍の深きを湖に置き
  われに添ふ師の影さくら咲きてより
  亡き夫に謝すことばかり天の川
  障子貼りこの明るさに一人棲む
  待つといふ心の張りや牡丹の芽
  影もまた匂うてをりぬ梅林
  身に入むやおはすごと置く男靴
  二度訣かるる思ひに捨つる白絣
  星月夜あふぎ逢ひたき人あまた

 筆者の共鳴句は次の通り。

023 雷雲の空さまよひし訃の知らせ
025 待宵のくつ脱石に青蛙
028 鉄鎖にすがり登る御巣鷹つつじ炎ゆ
029 声とどく距離に夫ゐる茸狩り(*)
030 胸病みし日々は遥かよ大根引く
031 吾子あらば孫ある齢雛の前
038 方言の消え行く村の葱坊主
042 遠会釈たがひに落葉掃きながら
056 木の実落つ音の中なる美容院
061 鬼舞の果てて夕べの白木槿
070 風の色変はりて利根の夏立ちぬ
079 白桃とどく宝のやうに包まれて
080 つづれさせ眠れぬ夜の五七五
085 気兼ねなき朝寝なりしを淋しめり
089 供へてと教へ子よりの寒苺
110 雨傘をたたみてくぐる茅の輪かな
120 底冷えの納戸に物の落つる音
130 姫辛夷妊りしこと告げらるる
138 トルコ石ひと粒映える黒セーター
157 逝く春や半襟ねむる桐の箱
160 男手の切に欲しきと十二月
162 初電話終ひの言葉は転ばぬやう
168 二度訣かるる思ひに捨つる白絣(*)

 023、028は親族のお一人が、日航機の御巣鷹山事故で亡くなられたときの句である。衝撃的であった。
 
 帯の13句のうち、筆者と重なった2句を鑑賞しよう。偶然、二句ともご主人のことを詠った句であった。

029 声とどく距離に夫ゐる茸狩り(*)
 茸狩りの山に入ると迷子になったりする。その心配からか、常に、夫の声が聞こえる範囲に居るようにしているのだろう。なんの感情語も用いられてはいないが、お互いの信頼感が感じられ、心地よい句となった。

168 二度訣かるる思ひに捨つる白絣(*)
 遺品を整理しているのだろう。前書きからそう分かる。「白絣」を処分しようとしているのだろうが、様々な想いが去来して、なかなか踏ん切りがつかない。まさに「夫恋」の句。このような句が沢山ある。夫君もさぞや喜んでいることであろう。

 筆者としては、境涯句以外にも佳句があると思って読み進めた。中には、

025 待宵のくつ脱石に青蛙
038 方言の消え行く村の葱坊主
056 木の実落つ音の中なる美容院
070 風の色変はりて利根の夏立ちぬ
110 雨傘をたたみてくぐる茅の輪かな
120 底冷えの納戸に物の落つる音
138 トルコ石ひと粒映える黒セーター

など、作者の感性を感じさせ、筆者の琴線にふれる句が多くあり、嬉しく思った。

 これからも、健吟を続けられることを、希っています。

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