大牧広句集『朝の森』

 大牧広「港」主宰が、第10句集『朝の森』を出された(ふらんす堂、平成30年11月15日)。帯には「敗戦の年に案山子は立つてゐたか」の一句があり、「戦争体験の一証言者として老境に安んじることなく反骨精神をもって俳諧に生きる著者の渾身の新句集」とある。



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 自選句は次の通り。

  鳥雲にヒトはめげずに希望抱く
  夏草と引込線の睦みゐて
  見下しても見下しても蟻穴に入る
  父とつくりし防空壕よ八月よ
  芒山一本づつが傷だらけ
  戦中や兵擲たれゐし芒原
  地下街に売られし芒自暴自棄
  遠くなる老のまなざし白甚平
  軍神の生家朽ちゐて草いきれ
  達観は嘘だと思ふ新生姜
  昭和二十年秋停電と長雨と
  GHQありたる街も冬に入る
  一月のしづけさ山は山のまま
  安吾忌の蒲田駅前戦後のやう
  くろがねの艦をうとみて新茶汲む

 筆者(=栗林)の共鳴句は次の通り。

007 声きつと初音のみなる避難地区
008 としよりを演じてゐぬか花筵
013 かざぐるま泣きたくなれば廻るらし
022 スーパーの隅の草市灯るごと
026 敬老日村はいよいよ意固地となる
034 おぢいさんとは吾のこと大花野
039 藁仕事昭和はやはり奥深い
041 凩や難儀な地図を渡されし
044 着ぶくれてしまへば老の天下なり
047 つくづくと本重かりし白マスク
049 開戦日が来るぞ澁谷の若い人
057 正論が反骨となる冬桜
060 大病院中庭なぜか枯無惨
069 春野菜福島産と聞けば買ふ
078 どの人もすこし不幸や祭笛
080 海はまだ不承不承や海開き
083 人の名をかくも忘れて雲の峰
085 天井のかくも雑なり海の家
092 達観は嘘だと思ふ新生姜(*)
093 戦争の終りし夜のさつまいも
099 山霧や一枚うはての国ばかり
121 一月二日修正液をもう使ふ
126 年玉贈る私が墓に入るまで
127 かと言つて不幸ではなし大マスク
128 雑炊といふ贅沢をしてみたき
174 敗戦の年に案山子は立つてゐたか

 大牧さんと言えば、反骨・反戦・反原発の人である。その社会批判精神は、大牧さんが自らを見つめるこのような沢山の俳句で支えられている。うわべだけの社会批判ではない。年輪を経て、それでも芯に残っている、いや、ますます昂って行く「反迎合精神」なのだ。
筆者(=栗林)の特に琴線にふれた三句を鑑賞しよう。

057 正論が反骨となる冬桜
 世の中のなあなあ主義に反発し、正論を吐くとそれは反骨となる。流れに棹させば生きずらくなる。正論というものはそういう生きずらいものなのだろう。容易には受け入れられない。ひと括りに反骨というカテゴリーに入れられてしまう。しかし、いつの世でも、それは必要なのである。冬桜は淋しげに咲く。だが、花の時期が、春の桜よりもずっと長いのだそうだ。だから反骨は簡単には散らない。

069 春野菜福島産と聞けば買ふ
 筆者は現役時代、原子力を含むエネルギー関係の仕事に関係していた。詳しいことは省くが、原発は結果として福島だけでなく、全日本、いや全世界に迷惑をかけた。いや、迷惑以上だろう。風評被害という現実に触れれば、人々は見えない放射能汚染に過敏に反応し過ぎているような気がしている。だから、筆者は福島産の野菜や果物を、福島産と分かれば、買うようにしている。大牧さんと同じだ。こういう人が多くなって欲しい。もっとも、大牧さんも筆者も、結構な年寄りだから平気なのかも知れない。

092 達観は嘘だと思ふ新生姜(*)
 この歳になったら、多分かなりのことに恬淡としていられるのではなかろうかと、若い頃は、考えていた。だが、そうではなさそうだ。物理的な体力の衰えは致し方ないとして、精神的な気力は維持したいと願っていて、その気持ちからか、世の中の理不尽な事象に、テレビを見ながら私論を吐いている。

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この記事へのコメント

momizi
2019年02月23日 07:04
春野菜福島産と聞けば買ふ
わたしも福島産買います。
旅で出会った福島の老婦人と5年ほど交流しています。
今年になってやっと、自宅が再建(と言っても別の町へ)出来たようです。

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