佐怒賀正美句集『無二』

 佐怒賀正美さんが第七句集『無二』を上梓された(ふらんす堂、平成三十年十月二十九日)。
 佐怒賀さんは、山口青邨、小佐田哲男、有馬朗人らの指導を受け、石原八束、文挾夫佐恵両主宰のあとを継いで現在「秋」の主宰を務めていらっしゃる。「天為」の特別同人でもあられ、現代俳句協会の要職をも務められている。
 句集名は、〈無二の世を落葉の孔の網目越し〉によっている。



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 自選句の提示がないので、早速、筆者(=栗林)の共鳴句を掲げる。

008 大花火首都は眼底さらしたる
010 津軽へと機翼は秋を梳きながら
012 星屑のほどの林檎の中に泊つ
028 リオカーニバル前夜の南十字星
031 路地口に子の目が返す暑さかな
044 ひかがみに銀座の微雨や猫の妻
048 空豆にファラオの眉の如きもの
050 一点之繞二点之繞かたつむり
059 台風の目より大きな淡海かな
060 上洛は淡海に沿うて葛の花
061 稲滓火の匂ひの残る余呉の湖
069 苦労話しない象さん年開くる
077 もう一周多く走る子さくら咲く
090 喉越のよささうな星流れけり
099 胎児はや指を吸ひをり春の雪
101 春めくや石庭に石生まれさう
113 銀蘭に始まる熊の出る小径
124 テノールの声の肉づく水の秋
131 あらたまの新たな客に赤ん坊
132 やや焦げて予定調和や雑煮餠
137 椰子の実の見守る田植始まりぬ
140 女身仏の影あめんぼに及びたる
152 港から春は始まりかもめどり
156 銀河鉄道どの車窓にも桜餅
159 聖五月眠るには小さな空でいい

 筆者の琴線に触れた幾つかの作品を鑑賞してみたい。いずれも平明でありながら、使われている言葉、特に見立ての語の鮮度が高い。

008 大花火首都は眼底さらしたる
010 津軽へと機翼は秋を梳きながら
 一句目の、東京の佇まいが「眼底」であるという見立てに、リアルさと新鮮味を感じた。「大花火」が広がって地上の全景を一瞬明るく照らすとき、それを「眼底」が「さらされる」と言った。小高いところから眺めているのだろう。
 二句目。「梳きながら」なる措辞に感心した。飛機の翼が秋の雲を「梳く」ように「津軽」へと向かっている。青森空港は、平地より少し高いところにある。旅先の秋冷を予感する。
 一句目の「眼底」、二句目の「梳」に、作者の言葉の使い方のセンスを感じた。

028 リオカーニバル前夜の南十字星
031 路地口に子の目が返す暑さかな
 前書きを省略してしまったが、海外詠である。一句目はブラジル。筆者も、南半球を旅すると、地元の人に「南十字星」のあり処を訊く。その時は分かるのだが、目を離すとすぐ見失う。決して大きく輝いている星ではないのだ。違った星を教えられることもあるそうだが、それでもこの目で確かめておこうと努力するだけの意味のある星なのである。
 二句目もリオでの句。暑い町である。粗末な家の路地口に坐り込んでいる子どもの目がこちら見ている。その様が如何にも気怠そうである。日に焼けた半裸の子どもが物陰に坐っているのであろうか。アンニュイさが漂う。

048 空豆にファラオの眉の如きもの
 空豆の背のところにある何かの痕跡を、なんと呼ぶのか筆者は知らないが、「ファラオの眉」とはよく言ったもの。言い得ていよう。先の「眼底」「梳」のように、見立てがユニークで、オリジナリテイ抜群。真似できない。

099 胎児はや指を吸ひをり春の雪
131 あらたまの新たな客に赤ん坊
 佐怒賀さんのお嬢さんのおめでたの句であろうか。超音波でははっきり分からないだろが、胎児や母胎に影響のない何らかの方法で観察できるのであろう。すでにおなかの赤ちゃんは指をしゃぶっているのだ。それが自分の孫なのだから、まさに命の感動。それとも、この間まではおなかの中にいたのに、生まれてもう指を吸うまでに育ったものだ、というのだろうか。やはり前者だと思うのだが、違っていましたらごめんなさい。とにかくお目出たい。
 二句目は、多分、このときの赤ちゃんであろう。歳をとるとお正月はあまり目出たいとは思わないのだが、孫が来ると事情は違う。楽し気な団欒が思われる。もちろん、主客は赤ちゃんなのだ。

113 銀蘭に始まる熊の出る小径
 筆者の散歩コースの森に「金蘭」(黄)と「銀蘭」(白)が咲く道がある。丈が三十センチほどの可憐にしてなかなかに品のある花である。季節になると楽しみして見に行くのだが、この句の場合は、かなり辺鄙な場所のようだ。「熊」が出ると言われている場所に通ずる道端なのだ。熊の危険に見合う花なのである。

132 やや焦げて予定調和や雑煮餠
 この「予定調和」も、つくづく上手いと感心する。網の目の焼き跡がついて、丁度良さそうな焦げ具合なのである。

137 椰子の実の見守る田植始まりぬ
 前書きにインドネシアとある。水田のそばに、実をつけた椰子の木が立ち並んでいるのだ。我々には珍しい風景で、南国ならではの景。筆者は、カリブ海のある島国で、椰子の木が遠くまで立ち並んだ林を見たが、土地柄か、水田はなく、殺風景であった。この句の方が格段に美しい景である。

152 港から春は始まりかもめどり
 この港は横浜。この一句前に〈152 旅鞄曳いて下船や木の芽風〉とあるから、佐怒賀さんが参加した長期の海外クルーズ船は横浜桟橋に着いたのであろう。折から、春のはじめであった。帰国の安堵が感じられる。
 この句集には、佐怒賀さんが俳句講師として、クルーズに参加した際の海外詠が沢山ある。羨ましい旅であったことが窺える。

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