岡田一実句集『記憶における沼とその他の在処』

 岡田さんが該句集を上梓された(青磁社、平成30年8月30日刊行)。氏の第三句集である。42歳の若さで、第三句集だから、凄い。そのはず、平成22年には芝不器男俳句新人賞にて城戸朱理奨励賞を、26年には現代俳句新人賞を受賞している。現在は「らん」同人。跋文は、現在、若手評論家として活躍の青木亮人氏が「(この句集は)水や湿り気を帯びた感触を軸として(いる)」と書いている。
 装丁は、句集名と同様、斬新であり、サイズは小型(175x115ミリ)。表紙の殆どを埋めている幅広の帯文(?)は、児童文学研究者の金原瑞人氏が書いている。
 それにしても、句集にしては珍しいこの長い表題(例がない訳ではないが)は、読者をして、読む前から何かを予想させてくれる。


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 自選と思われる8句は次の通り。

  火蛾は火に裸婦は素描に影となる
  暗渠より開渠へ落葉浮き届く
  かたつむり焼けば水焼く音すなり
  椿落つ傷みつつ且つ喰はれつつ
  死者いつも確かに死者で柿に色
  照り返す葉表を蜘蛛歩きけり
  くらがりの沼へ水入る蛾の羽ばたく
  白藤や此の世を続く水の音

 筆者(=栗林)の共鳴句は次の通り。(*)印は、岡田氏の自選と重なった。

008 蟻の上をのぼりて蟻や百合の中
009 芯のなき赤子の首の昼寝かな
013 喉に沿ひ食道に沿ひ水澄めり
018 暗渠より開渠へ落葉浮き届く(*)
019 裸木になりつつある木その他の木
021 蝋燭と冷たき石の照らし合ふ
024 新雪を巨きな鳥の翳いそぐ
025 碁石ごと運ぶ碁盤や梅月夜
029 夜を船のよぎる音聞く桜かな
032 日輪に水の兆しや春の海
032 海風のなかの春風浜の昼
043 一灯のながき螢や橋を越え
048 端居して首の高さの揃ひけり
062 また蜂の来て日の中の花八手
068 柳の芽水を輪にして鳥ゐたる
076 春の水日に透きつ日を反しけり
084 室外機月見の酒を置きにけり
090 飛ぶ鴨に首あり空を平らかに
092 明るさに目の開く昼の姫始
094 越中は湾ふかくあり芹なづな
105 縦に垂れ雌雄かさなる鯉幟
113 三伏や錆の上を錆盛り上がる
129 首といふ支へ長しや死人花
131 尾根越えて霧一塊となり疾る
141 胎盤のぬめりびかりの仔馬かな
143 春昼や首に紐ある抱き心地

 あきらかに写生を基本原則とした句群である。しかし、写生に終わっていない。なにかしら書かれていない部分の不思議な感覚に、読者は、良い意味で、惑わせられる。その不思議な感覚は、青木氏が言うように「(この作者にとって)季感を活かす余白や焦点を絞る洗練等はさほど重要でないのだ」から生じているのだろう。

 幾つか共鳴句を鑑賞しよう。

008 蟻の上をのぼりて蟻や百合の中
062 また蜂の来て日の中の花八手

 まず、季語・季題をおおらかに使っている句を二つ上げた。巷の俳句の先生だと、蟻と百合は季重なり、蜂と花八手は季違いだと叱るであろう。でも、岡田氏は、蟻は一年中いるし、蜂もたまたま日当たりの良い日の花八手に飛んできたのは事実だ、というでしょう。面倒な俳句の制約よりも、事実は強い。狭義の伝統俳句に毒されていない宜しさ。

 次に、やや宗匠俳句的な味のある句群をあげよう。
009 芯のなき赤子の首の昼寝かな
025 碁石ごと運ぶ碁盤や梅月夜
048 端居して首の高さの揃ひけり
129 首といふ支へ長しや死人花
143 春昼や首に紐ある抱き心地

偶然にも、「首」の句が多かったが、「芯のない赤子の首」はリアルでまさに言い得た描写である。「碁盤」と「碁石」を一緒に運ぶのはよくある景。上手い気づき。048、「首の高さ」が「揃って」いるのも、機智のある発見。素十の〈甘草の芽〉を思い出す。129は曼珠沙華を上手く表現した。143は首輪をしたペットだろうと気づくと、これも宗匠的な楽しさがある。勝手に宗匠的と言ったが、これは筆者にとっては誉め言葉である。機智と明るい俳味とでも言おうか。

 次は対象をよく見た写生句。
018 暗渠より開渠へ落葉浮き届く(*)
024 新雪を巨きな鳥の翳いそぐ
043 一灯のながき螢や橋を越え
068 柳の芽水を輪にして鳥ゐたる
076 春の水日に透きつ日を反しけり
090 飛ぶ鴨に首あり空を平らかに
131 尾根越えて霧一塊となり疾る
141 胎盤のぬめりびかりの仔馬かな

 018は、虚子の〈大根の葉〉のような句。地味だが良く出来た句。自選句と一致した。068は若干難しい。「柳の芽」吹くころ、作者は水辺に居た。鳥が水面下で脚をうごかしているのか、鳥の周りに丸い水紋ができている。叙景句。076は春の水をよく観察した。その結果、水面を透す光と反射する光の双方を描写できた。090からは、首だけでなく、脚まで水平に伸ばして鳥が飛ぶさまを、読者は映像化できる。141は山を下りて来る霧の様を端正に描いた。141は「ぬめりびかり」が上手い。

 次に、不思議な感覚を読者に投げかける句。
019 裸木になりつつある木その他の木
029 夜を船のよぎる音聞く桜かな
032 日輪に水の兆しや春の海
032 海風のなかの春風浜の昼

 019は「その他の木」がうまい。常緑の木だろうか、それとも紅葉したが、まだまだ散らない木であろうか、読者は適当に想像し楽しむことができる。029は芭蕉の〈田一枚植ゑて立ち去る柳かな〉を思わせる句。「桜」が「舟の通る音」を聴いている訳ではない。聞いているのは作者。032は「水の兆し」がうまい。太陽に水を感じるのは希有な感覚。この感覚は見事。春は太陽も潤んでいるように見えるのだ。同じく、032にも感動した。「海風」の中に、作者は、「春風」を微妙に感じ取っているのだ。この感覚がいい。

 素晴らしい句集を見せて戴いた。

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