奥井志津句集『初鏡』

 奥井さんの第二句集。平成30年9月8日、文學の森刊行。氏は北海道小樽の出身。はじめ上田五千石に師事し、今は鳥井保和主宰の「星雲」の主要同人。結社賞を受けておられる。俳歴は30年に及ぶ。


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 鳥井保和主宰の抄出句10句は次の通り。

  露の世に置き去られゐし畦秋忌
  教へ子の嬰見せに来るさくらんぼ
  佳き死とは佳き生ならむ梅真白
  一笛の闇を裂きたる薪能
  縹渺と茜ひろがる一氷湖
  散り際といふは人にも落椿
  リラ冷えや余白の多き悼み文
  引く波に月影とどく桜貝
  生かされし今をしづかに余花の雨
  美しく世を生きたし水の澄む日なり

 筆者が選んだ句は、次のように20句に及んだ。句集『初鏡』の特に前半は、前書が多く、家族や知人に関する作品が多かった。喜怒哀楽が、素直に、写生的に、描かれている。それらは、奥井さんにとっては、一句一句が貴重なものであり、自分史のようなものとなっているのであろう。筆者(=栗林)はそれを肯いながらも、前書がない、つまり、一般性のある、普遍性のある作品から多くを選んでしまったような気がする。また、人生訓や、境涯や、道理を詠む句も、あえて外した。そのようにして選んだ20句をもう一度読み直すと、たしかなイメージと、なかなかの風格を思わせる句群だと、思い当たるのである。

007 巌根咬む杉より杉へ注連張れり
022 笑ひゐて忽と涙や冬の雁
030 傘立てに杖遺りたり春深む
043 地吹雪に息詰む父母の亡き故郷
044 雪を来し貌の乗り込む夜汽車かな
058 花冷えの楼門澄めり一の宮
068 浅春や手擦れて光る百度石
071 蟋蟀や更けて色濃き非常灯
076 たつぷりと筆の墨吸ふ良夜かな
084 逢へず帰る子の住む街の新樹かな
092 十字架を見上げて斯くも息白き
104 石蹴りの影も跳びたる遅日かな
108 蒼穹の凛と雪後の大旦
109 帯叩き気息ととのふ初点前
121 三月の光の芯に洗ひ鍬
135 ろんろんと滾る茶釜や雪来るか
146 葦牙の水底泡のまた一つ
156 づかと来て雪のけはひを持ち込めり
166 碧碧と雪後の天の匂ひけり
167 氷上に日輪凝らす法の池

 幾つかの句について、筆者の勝手な鑑賞を短く書いてみよう。

022 笑ひゐて忽と涙や冬の雁
 この句の前に父の葬に係わる句があるので、それと関係しているのかも知れない。しかし、こういうことはよく経験する。家族や友人と、思い出などを話し合っていて、可笑しくて皆で笑うのだが、なぜか同時に「悲しみ」も感じて目頭が熱くなるのだ。この複雑で微妙な心理をうまく詠んだ。「冬の雁」の配合もなかなかのものだ。筆者(=栗林)のイチオシの句である。

044 雪を来し貌の乗り込む夜汽車かな
156 づかと来て雪のけはひを持ち込めり
 同じモチーフの句である。筆者も雪国の出なので、この状況はよく分かる。乗り込んでくる人は、オーバーコートに雪がついているのか、寒さで顔が赤らんでいるのか、あるいは、冷たい空気を身体にまとっているか、あたかも小さな寒気団が入って来るようなのだ。

092 十字架を見上げて斯くも息白き
 作者の吐く息が白いのか、それとも、「十字架」を見上げている人を、傍で作者が見ているのか? 「斯くも」とあるから、前者かもしれない。だが、通常は、自分の呼気の白さよりも、第三者のそれがより鮮明に見える。「十字架」とはいいものを持って来た。石造りの寒い教会の中なのか、それとも、屋外であろうか。厳かさと、静かさの両方が感じられる佳句である。

108 蒼穹の凛と雪後の大旦
166 碧碧と雪後の天の匂ひけり
 加藤楸邨に『雪後の天』という著名な句集があるのを思い出した。108は元旦の雪の晴れたあとの厳粛な雰囲気がよく出ている。166は、「匂ひ」は少し大げさではなかろうかと思うのだが、俳句は大袈裟な断定が許されるので、許されると思う。

146 葦牙の水底泡のまた一つ
 わずかだが、春の兆しがあって、水が温んできた。その様をよく観察して書いた。細かさに宿る春の気分を見事に写生した。神は細部に宿る。いや、写生は細部から始まる。これも感銘した一句である。

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