諏訪洋子句集『人に火に足跡』

 諏訪さんは「遠嶺」から出発し、「国」を経て、現在は前田弘代表の「歯車」の同人となっていらっしゃる。この句集『人に火に足跡』は第二句集である。


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 自選十句は次の通り。

  寒卵割って目覚める多肉都市
  自画像の裏はいつでも秋の海
  これよりは鶴よ鶴よと髪を梳く
  光源は百の白鳥吾がむくろ
  地球儀に待ち針打って鳥帰る
  秋風に家紋の桔梗蜂起する
  蛍の恋の結界月あかり
  断層に凍蝶あまた抑留史
  人に火に足跡のあり野の遊び
  梅の香の白したたらせ抱卵中

 この句集は、筆者(=栗林)にとって、若干難解な句を含んでいる。それはたとえば、「多肉都市」「吾がむくろ」「蜂起する」「抱卵中」などの措辞が下五に、一見突然のごとく置かれているからである。これらの措辞は、諏訪さんが熟慮の上、自分の言葉を練り上げ、自分自身の詩を意図しつつ書いているからに他ならない。その結果、見事に予定調和を脱却しているのである。
 その意味で、筆者の理解の及ばない作品もあり、筆者は、この句集の良い読者ではないかも知れないと畏れている。でも、分かる、あるいは、分かると思う作品は少なからず見つかった。それらの中から、分かった上で、しかも、いい感じを戴いた作品を、以下に掲げてみる。(*)印は、諏訪さんの自選句と重なったもの。

013 少女やわらかき球体汗したたる
014 点眼のたびにピカソの青おもう
016 伏線に金魚一匹飼いならす
019 水打って風の脱皮を促せり
021 林檎の皮ながなが剥いて長女たり
022 唇づけの口して桃を啜りけり
025 鰯雲先の見えない橋渡る
028 過去帳にびっしりと白曼珠沙華
032 鰯雲終着駅がふっと消え
039 ほんとうは束ねられたくない葱
040 地球儀に待ち針打って鳥帰る(*)
042 風紋のむずがゆくなる蝶の昼
044 春一番振り洗いする日章旗
046 一本のさくらに心置いて来し
048 河なかに川があるなり朧月
069 句またがりのような日常明日は秋
073 白曼珠沙華だったか 背後霊
092 三角に近い丸なり去年今年
106 蛍のもつれもつれてみな孤独
109 この先は蛍にならねばゆけぬなり
119 ぼうふらのようなひらがな子の手紙
126 ひまわりの一千本が発熱源
128 具体的なことをしている扇風機
133 小鳥来る封書の蓋に庇あり
136 柿の渋俳人という珍種あり
140 秋桜かなで書かねば風になれぬ
142 文弱をこじらせており秋夕焼
145 皇帝ダリア己の影の上に咲く
152 切り餅のいずれの角も自尊心
155 手に余る己を抱いて冬銀河
160 人に火に足跡のあり野の遊び(*)

 まず「(*)印の肉から鑑賞しよう。

040 地球儀に待ち針打って鳥帰る(*)
 鳥が北へ帰るとき、またくる来年のために目印として待ち針を打って行くのだ、という。帰巣本能と一口に言われるが、彼らなりの本能的な記憶装置があるのだろう。だが、我々の想いからは、彼らが経路をあやまたず渡って来るのは、彼らにだけ見える「待ち針」のようなものを、目印にしてやってくるのだろう……と思って納得している。「地球儀」は「地球」そのものでもよいし、「山川に」でもよい。メルヘン的な、しかも大景を思わせる。筆者イチオシの句。

160 人に火に足跡のあり野の遊び(*)
「野の遊び」と「火」とで、筆者はふと野焼きを思った。もちろん、野焼きと「野の遊び」は全く違う。でもなぜか、そういう印象を持ってしまった。野火は歴然とした足跡を残しながら、野を走って行く。「人」もその通り。自分の足跡を残しながら、真っ直ぐか曲がりくねっているかは問わず、ひたすら歩いていく。寓意が少し強く出ているが、この句集の題名に選ばれたのは、それなりの理由がありそうだ。 

014 点眼のたびにピカソの青おもう
 点眼液は冷たい訳ではないのだが、目に染みる。そのたびに、人はいろいろなことを思う。諏訪さんは、ピカソの「青の時代」の作品を思った。私なら何を思うだろうか。ピカソに限れば、目がはみ出した婦人の絵を思うかもしれない。しかし、ピカソの「青」はあり得る。青の色は聖母マリアの衣服の色であり、本来は聖なる色なのかもしれないが、ピカソは多分、苦悩や怖れや貧困をイメージして描いたに違いない。諏訪さんは目薬の冷たい刺激から、ただ素直に「青」を思ったのかも知れないが、筆者のように深読みすると、なにかマイナスなイメージにつなげてしまう読者もいるに違いない。深層心理からくる一句であろうか。

028 過去帳にびっしりと白曼珠沙華
073 白曼珠沙華だったか 背後霊
「白曼珠沙華」は、赤を見慣れた人に、少し異様な感じを与える。赤を普通だと思うからであろう。赤を普通の、現世の曼珠沙華と思うなら、白はあの世のイメージ。その意味で「過去帳」も「背後霊」も、まさに、言い得ている。想念込みの見立ての句。

109 この先は蛍にならねばゆけぬなり
「蛍」のあとについて、もっと先まで行きたいのだが、往々にしてその様な場合は、川があったり深い森があったり、もうこれ以上行けない物理的な状況であることが多い。そうでなくても、「蛍」のその先は、イメージからして「冥界」を思わせる。つまり、死者でないとその先までは行けないのである。「蛍」の神秘性を詠んだ。

128 具体的なことをしている扇風機
 これは実にとぼけていて、楽しい句。「扇風機」は黙々と単純な動きをしてくれている。それを「具体的」と言った。これ以上具体的な仕事はないように思えてくる。俳句は、何も感動的な、啓蒙的な、一大発見的なことを書かなくても、成立するのである。

152 切り餅のいずれの角も自尊心
 冷えた大きなのし餅を切って、四角い切り餅にするのだが、切り角はきちっと直角であり、切面はテカっている。その角を「自尊心」と見立てた。上手い。その見立てで、単なる写生俳句から一歩進んだのではなかろうか。これは、128にも言える。単なる写生ではない。

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