栗林浩のブログ

アクセスカウンタ

zoom RSS 衣川次郎句集『青岬』

<<   作成日時 : 2017/09/26 11:37   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

 衣川さんが第三句集『青岬』を刊行された(平成二十九年九月二十五日、角川文化振興財団)。氏は大牧広主宰の「港」の副主宰であられる。高野ムツオさんが著者の俳号の由来「衣川」に因んで、ていねいな跋文を書いている。同所は著者の奥様のご出身地の由。氏は「私の俳句の原風景がここにある」という。


画像


 
 自選句は次の十句。

  豆の花妻の山河の老いにけり
  風船の真面目に大きくなる怖さ
  非正規の汗被曝地にしたたれり
  炎昼をそのまま皿に盛るカレー
  死にしこと知らずに死にし八月来
  八頭乱暴な世となりにけり
  この世へと引き出す葱の光りけり
  春泥に育ち春泥にて転ぶ
  春の河馬見過ぎて妻とはぐれけり
  沖縄忌墓域は海にまで及ぶ
  全身が叫びごゑなる毛虫かな
  年の灯やいのちつなぎて癌の妻

 いつものように筆者(=栗林)の共鳴句を掲げよう。

009 つままれて鶯餅の鳴きにけり
011 土筆など煮るから歳を尋ねらる
015 落胆が雲雀を揚げてをりにけり
018 風船の真面目に大きくなる怖さ(*)
020 青梅雨や人をやさしくさせし橋
024 炎昼でこその昏さを持つ銀座
026 老鶯の声とどきたるまでが村
032 儀礼的すぎる青空広島忌
039 丘の病院登高と思ふべし
046 誠実な遺骨なりけり冬木立
052 不整脈ありさう聖樹の点滅に
066 卒業歌揃ひすぎたる怖さあり
069 飛花落花今なら人を騙せさう
072 風船や天井で諦めてゐる
078 人生の途中ときには梅を干す
081 枯山水蟬の居どころなかりけり
086 保守本流らしき花火の崩れやう
093 三段目あたりは滝の怠けをり
096 福島やバケツの稲が花つけて
111 犬飼ふに残り時間を思ふ冬
131 妻留守のじやがいも芽吹く涅槃西風
139 健康になる予感せり苗木植う
142 戦後など二度無くてよし花曇
145 終電の誰もが他人といふおぼろ
147   祝 山本健吉賞
    一師一生もう春の海見えしはず
152 全身が叫びごゑなる毛虫かな(*)
155 学歴が汗を抑へてゐるらしき
156 一抹の寂しさも食ぶ鮎料理
170 新米を研ぎゐて妻のふかく病む
171 失敬なほど元気なり泡立草
180 永訣の朝やご飯のやうな雪
190 煙出すことから始め焼鳥屋
191 駅裏をあたためてゐる焼藷屋

 軽く楽しい作品が続いていて、すいすいと読んで行くと、奥様の病の句に出会う。それ以降、どう展開するのか気にしながら読み終わった。その心配が心の底に澱のようになって残っている。とまれ、はじめの方の共鳴句から少し鑑賞し始めよう。

009 つままれて鶯餅の鳴きにけり
011 土筆など煮るから歳を尋ねらる
015 落胆が雲雀を揚げてをりにけり
018 風船の真面目に大きくなる怖さ(*)
020 青梅雨や人をやさしくさせし橋
 はじめの二句は巧みな、言ってみれば宗匠俳句的な句。筆者(=栗林)は月並みでない宗匠俳句を良しとする意見なので、これは賞賛の言葉なのである。あの「鶯餅」の質感、「土筆」を煮るという古き良き時代。茅舎の「寒の土筆を煮て下さい」を思い出す。
 四句目は衣川さんの自選と重なった。「風船」を膨らませるとき、際限なくなされる儘に膨らんでいきそうに見える。それを「真面目に大きくなる」と表現した。破裂しやしまいかと「怖く」なるのである。

046 誠実な遺骨なりけり冬木立
052 不整脈ありさう聖樹の点滅に
066 卒業歌揃ひすぎたる怖さあり
069 飛花落花今なら人を騙せさう
072 風船や天井で諦めてゐる
 やはり機智に富んだ俳諧的作品が続く。「俳諧的」と言ったのは、先のとおり筆者の心しての褒めことばである。だが三句目は違う。この怖さは、018の風船が破裂する怖さより深刻である。北朝鮮の兵列行進のぴったり揃った様に近い恐怖である。衣川さんは時々このような社会性俳句的怖さを詠む。例えば〈083非正規の汗被曝地にしたたれり〉や〈フクシマの梨や苦しきかたちせり〉などである。大牧広さん流である。

072 風船や天井で諦めてゐる
078 人生の途中ときには梅を干す
081 枯山水蟬の居どころなかりけり
086 保守本流らしき花火の崩れやう
093 三段目あたりは滝の怠けをり
 はじめの二句は人生を悠々と過ごしておられる人の句のように見える。あとの三句は、物事から少し距離を置いて凝視している。しかもその観方に軽いアイロニーを感じる。それが筆者にはたまらない魅力である。

147   祝 山本健吉賞
    一師一生もう春の海見えしはず
 この句は師大牧広さん(「港」主宰)が山本健吉賞(文學の森)を授与されたお祝いの句。大牧さんが「港」を創刊されたとき、〈春の海まつすぐ行けば見える筈〉と詠み、必ずしも順風満帆でなかった創刊当時「意地を以て前へ進むしかなかった」と語っておられるが、そのことを受けている。

152 全身が叫びごゑなる毛虫かな(*)
 これも自選句と重なった。衣川さんが「人」の居ない句を詠むのはそう多くない。その内のひとつ。しかも渾身の力を込めて詠んでいる。そして毛虫の体全体で動こうとしている様を見事に描写している。

170 新米を研ぎゐて妻のふかく病む
 そして奥様の病いを詠んだ句が現れる。そのことを読者の私はこころ根に沈着させながら、推移を探りつつ読んで行くのでした。そしてこの句集の終りから二句目に〈192 年の灯やいのちつなぎて癌の妻〉に出会うのである。
 お見舞いの言葉を探しあぐねております。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 2
なるほど(納得、参考になった、ヘー)
面白い

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
衣川次郎句集『青岬』 栗林浩のブログ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる