岸野常正句集『槻の小径』

 岸野さんが表記の第二句集を出された(平成二十九年九月十五日、文學の森刊行)。氏は「草の花」の藤田あけ烏主宰に学び、あけ烏没後「草の花」を継がれた名和未知男現主宰にそのまま師事している。平成二十一年に同結社新人賞を受けた。


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 岸野氏の自選句は次の通り。

  寒明けの雲が雲追ふ伊吹山
  馬出しの風の広場や花馬酔木
  そこにある雨の静けさ若楓
  梅雨の月書架に波郷の初版本
  大阪はおもろいとこや金魚玉
  かなかなに子の無き妻の月日かな
  月の出の槻小径を歩みけり
  きちきちの飛んで飛鳥の石舞台
  花嫁のくぐる黒門水仙花
  楪や弥陀の風吹く奥の院

 筆者(=栗林)の共鳴句は次の通り。(*)印の一句が自選句と重なった。

018 やはらかな雨や足助の古雛
029 春光を両手に掬ふ五十鈴川
032 みづうみを風わたりゐる諸子かな
034 花篝闇の中から京なまり
035 屋根石に潮風吹いて花大根
041 桃の花明るき雨の古戦場
042 沈丁や百人番所過ぎてより
045 箸墓の空広くして桃の花
046 残雪や転車台ある山の駅
048 川面より低き家あり花豌豆
049 堰越ゆる水の逸りて鳥の恋
063 月涼し山峡にある夜泣石
065 谷若葉すぐそこまでの渡し舟
078 えご散るや雨呼ぶ雲の流れをり
079 玉葱を吊りて漁師の嬶なる
080 花合歓や草津の宿の湯もみ歌
081 網戸して山の夜風に眠りけり
084 打水やのれんの文字は嵯峨豆腐
085 田水沸く出雲に多き鬼の姓
088 大阪はおもろいとこや金魚玉(*)
091 虫の音や敷石径は水に沿ひ
101 霧晴れて吉野の山の迫りけり
107 川風の帰り舟なり桐一葉
113 新藁や納屋の引戸は半開き
115 木犀や姫街道は雨の中
118 温め酒いまし入日の日本海
129 綿虫や杉の樹間を日の抜けて
136 潮風の通り道なり懸大根
140 綿虫や耳成山は雨に明け
141 石舞台の中から覗く冬の空
146 歩むにはよき日和なり冬の蜂
158 耳うとき人の蘊蓄ふぐと汁
161 犀川の見えゐて雪見障子かな
168 大鳥居の前にて交す御慶かな
174 人日や檜の香る奥の院

 幾つかを鑑賞したいのだが、まずこの句集に「旅吟」が多いことを感じた。「旅吟」は、以前、名和主宰の句集『羇旅』にも数多くの作品があって、それぞれ感銘を覚えたのだったが、多分、「草の花」の皆さんの得意とするジャンルなのであろう。岸野さんにも多い。その場所が、筆者が、あるいは、読者が行ったことのあるところだと、感動の共有と言う意味で、句がぐっと立ち上がって来るのである。その意味で、この種の句は、私が勝手に呼んでいる「二人解かりの句」の部類となる。「一人解かりの句」を超えて、作者以外に少なくとも読者が一人でも感銘してくれれば、作者は作者冥利につきるのである。飯島晴子が「自分以外に読者がたった一人でも解かってくれて、感動してくれれば、俳句冥利につきる」という意味のことを言っていた。

018 やはらかな雨や足助の古雛
029 春光を両手に掬ふ五十鈴川
042 沈丁や百人番所過ぎてより
080 花合歓や草津の宿の湯もみ歌
115 木犀や姫街道は雨の中
161 犀川の見えゐて雪見障子かな
「足助の雛飾り」は伊那街道の足助の街の道筋に飾られる雛人形。趣のある、鄙びた人形がふるい民家や商家の間口いっぱいに並んでいて、観光客の興味をそそっている。
二句目の「五十鈴川」は伊勢神宮の前を流れる清流。新しい橋が架かっていて、それを渡って神域に入る。わざわざ川べりへ降りて水を掬い、清めたのであろう。
 三句目の「百人番所」は、多分、皇居にある、昔の検問所のことであろう。沈丁の香が、五十メートルほどもある番所を通り過ぎたあたりから匂い始めたのだ。
 四句目。草津温泉の湯もみ歌は有名で、ショーもある。宿に泊まると割引券がもらえ、観光客も交じっての湯もみ歌の実演がある。湯畑のすぐそばで、湯の香りがする。
 五句目。「姫街道」は浜名湖の北側の昔の東海道。表街道でなくなっても、婦人が多く通ったからこの名がついたとも。古い詩情を感じさせる脇往還である。
 最後の句は金澤。「雪見障子」とは粋ですね。羨ましい。

045 箸墓の空広くして桃の花
 これも旅吟の一つ。山の辺の道の途中にある。卑弥呼の墓ではないかとの説もあって、古代のロマンに通じるところ。「空広くして」はよくあるフレーズだが、「箸墓」という固有名詞で顕っている句。

048 川面より低き家あり花豌豆
 江東区あたりにありそうな家並み。「花豌豆」が庶民的で、かつ明るくて、見事な季語だと思う。

065 谷若葉すぐそこまでの渡し舟
 筆者は、仁右衛門島(千葉県鴨川市、頼朝が隠れた巌谷がある)への渡し船かと思ったが、多分違うだろう。でも、「すぐそこまでの渡し船」が上手い。誰にでもこの経験はあるに違いないが、「こう詠まれると、情趣が立ってくる。

088 大阪はおもろいとこや金魚玉(*)
 大阪の文化・人情は実に軽妙。上方(京都)とは違う。勿論、関東とも大きく違う。その大阪に「金魚玉」を配合した。この感覚は絶妙。どっしりした金魚鉢ではない。多少軽みもある。048,088と、続けて絶妙な季語の斡旋に感銘を覚えた。

118 温め酒いまし入日の日本海
 思い当たる場所は山形県の日本海側の温泉割烹旅館だった。多分、岸野さんとは違う場所であろうが、海に沈む太陽を砂浜で飽かず眺めていた。それから宿に入って一杯やったわけだが、吟行が二回、家族旅行が一回、同じ宿をとった。気に入った宿なので、また行きたいと思っている。一句が、読者の私にいろいろなことを思い出させてくれる。俳句は短いので、読者は勝手に自分自身の感興を想い出させ、詩を作らせてくれるのだ。

158 耳うとき人の蘊蓄ふぐと汁
 これは今までのとは違う題材である。耳の遠い人は、自分の強い思いを一途に話し続ける。例えば、河豚鍋に関する蘊蓄をここぞとばかり語る。聞いている人が辟易しても、お構いなしである。俳諧的な軽い句。この種の句は「大勢解かりの句」であろう。

 勝手に「二人解かりの句」のことを述べたが、句会などで「全員解かりの句」が出ると高得点にはなるが、パンチの点では「二人解かりの句」の方が何倍も強く感じられるのである。勿論、岸野さんの作品に「大勢解かりの句」は多い。

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