逆井花鏡句集『万華鏡』

 逆井さんから句集『万華鏡』を戴いた(平成29年6月30日、雙峰書房刊行)。氏は戸恒東人さんの「春月」の同人で、春月コンクール大賞を受けている。


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 自選10句は次の通り。

 揚雲雀光の中に失せにけり
 鍋奉行最後の鱈を食ひにけり
 糸道の爪に食ひ込む薄暑かな
 万華鏡の中の宇宙や春日さす
 楽屋にて焙る太鼓(おほかは)春火鉢
 地震の巣のありてふ沖や夏の霧
 揚巻も浴衣で通る楽屋かな
 秋高し北山杉の山また山
 世間みな年下ばかり蕗の薹
 滴りや枝分かれする間歩の闇

「糸道」「太鼓」「揚巻」「楽屋」など、句の題材から見て、梨園筋の方かと思ったが、戸恒主宰の序文から、それらは氏の幼少からの趣味=清元のせいと分かった。お勤めは航空会社で、しかも女性の方であると知った。

 筆者(=栗林)の共鳴句は次の通り。

015 汽車去りて石炭にほふ駅舎かな
018 初凪の海へと続き段葛
022 ハンカチの木の花は片結びかも
022 手古舞の目尻の紅や神田祭
023 昏睡の母呼び覚ませはたた神
025 洋館の玻璃の歪みや今朝の冬
027 つながらぬ襷の夢や二日富士
028 埃さへ光の帯に冬日燦
029 揚雲雀光の中に失せにけり(*)
038 春節や獅子のなかより美少年
039 金印に蛇の取つ手や春浅し
040 心地よき鼾漏れくる花筵
043 舟で往く一軒宿の山女かな
047 コスモスやバスに難所の曲り角
047 整列の子らのでこぼこ運動会
050 竹馬の子ら腰掛くる塀の上
051 人波に逆らひ駅へ冬帽子
053 歯切れよき志ん朝のこゑ海苔あぶる
054 雛祭芸妓の襟の抜き加減
059 糸道の爪に食ひ込む薄暑かな(*)
062 上司運ありし方かも弁慶草
078 ダンサーの臍にピアスや汗光る
085 板塀に湯気や四日の醤油蔵
093 ぴかぴかの一番風呂や夏夕べ
098 身に入むや物忌札の逆さ文字
099 駄菓子屋に猫の店番秋の蝶
111 薫風や空手少女の高き蹴り
125 武者返したちまち濡らし春時雨
131 姐さんのくはがた被り三社祭
135 ここよりは酒うまき国稲田風
143 荷風忌や遊女の墓に鉄格子
144 朝市や生簀の烏賊の立泳ぎ
146 カプチーノのハート模様や巴里祭
151 立飲みの鑑定書なき新走り
153 短日やくるくる回る河馬の耳
155 片栗の花の集ひてなほ寂し
168 帯解きや襟足のはや艶めきて
168 銀杏枯る河岸に魚塚玉子塚

 題材は、歌舞伎、清元の世界から、ご自身の日常、海外を含む旅、多分お好きと思われる「酒」など、多岐にわたるが、句の形式はすべてが有季定型で、しかも、切れがしっかりしている。俳句の中道をしっかり歩んでこられた方だと思わせられる。
 幾つかを鑑賞しよう。

022 ハンカチの木の花は片結びかも
 大きな柔らかい二枚連なった花弁が、まさに白いハインカチのように見える。枝に繋がっている部分、あるいは二枚の花弁同士が繋がっているところは、まさに緩い片結びのよう。小石川植物園で見て、筆者も作句したことがある。筆者のそれは〈ハンカチの木の花拾うていちまいといふ〉でした(お粗末)。とまれ、作者のイメージが読者の残像に繋がるという好例ではなかろうか。

023 昏睡の母呼び覚ませはたた神
 逆井さんは八年前にご母堂を亡くされたそうだが、この句は「目覚めてほしい」という気持ちを、直截に、強すぎるほどに訴えている。このとき本当に雷が鳴ったのかどうかは問題ではない。雷鳴が鳴ってそれに驚いて、母が目覚めてほしい、という切実な願いなのである。

029 揚雲雀光の中に失せにけり(*)
 作者の自選と一致した句。暗いとモノは見えにくい。だが明るすぎて見えないこともある。「揚雲雀」が「光の中に」消えたというのは、だから、実感がある。明るい空と、雲雀の囀りが残っている。

038 春節や獅子のなかより美少年
 春節のお祝いに獅子舞があるのだろう。調べてみると、中国の北部では龍の舞、南部では獅子の舞が盛んらしい。横浜の中華街では南部に縁のある華僑が多く住んでいて、このお祭りを行うらしい。獅子の被りの中から男が顔を出した。意外に若い男で、獅子との取り合わせのせいか、予想していなかったせいか、余計に若く見えた。それを美少年と言った。

054 雛祭芸妓の襟の抜き加減
168 帯解きや襟足のはや艶めきて
 二句を一緒に鑑賞しよう。前者からは、芸妓の大きく抜いた白い襟足が見える。正確には知らないのだが、「芸妓」は芸子より少し年が上であって、一段と艶っぽいに違いない。「帯解き」は女の子では七歳。十一月の吉日に付け帯をやめて、はじめて帯を付ける。その祝いでは、当然、華やいだ着物を着る。芸子程は襟を抜かないで着るのだろうが、それでも襟足に初々しい女らしさを感ずる。

059 糸道の爪に食ひ込む薄暑かな(*)
 これも自選句と重なった。逆井さんの三味線はプロ級であるそうだ。長年の鍛錬で、弦の痕が爪に残っているのだろう。この道に長けた人でないと詠めない句。「薄暑」はちょうど良い塩梅の季語である。

062 上司運ありし方かも弁慶草
 軽い句で、若干川柳っぽい良さがある。「方」は「かた」ではなく、「ほう」(はう)と読む。こういった句は配合する季語が勝負であり、「弁慶草」という面白いものを持って来た。「弁慶草」の花の姿そのものよりも、義経に最後まで従った弁慶の人物像まで想起し、面白い句となった。

078 ダンサーの臍にピアスや汗光る
 氏の海外詠にも佳句がある。これはその一つ。トルコだそうだ。ベリーダンスであろう。腰を妖しく、激しく動かす踊りである。「臍」「ピアス」「汗」が読者の眼に飛び込んできて、臨場感が湧いてくる。蒸し暑い夜である。

125 武者返したちまち濡らし春時雨
「武者返し」は、武家屋敷の表長屋の小溝の縁に一歩置きに立てた石のこと、と広辞苑にある。古い武家屋敷という舞台設定に、おあつらえ向きの「春時雨」。春の通り雨の動きが「たちまち」という措辞で、たちまち眼前に見えてくる。逆井さんの旅の一場面であろう。

146 カプチーノのハート模様や巴里祭
 喫茶店でカプチーノを頼んだら、ハートをかたどったミルクを浮かせたのが出てきた。気が利いている。少し熱めのやや苦いコーヒー。配合の季語「巴里祭」はやや付き過ぎかもしれないが、押さえるところを押さえた感じ。

 楽しい作品の数々、有難う御座いました。

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