長谷川耿人句集『鳥の領域』

 長谷川耿人(こうじん)氏が表記の第二句集を出された(本阿弥書店、平成29年6月13日)。氏は、「春月」の新人賞、コンクール大賞、結社賞を立てつづけに受賞している。


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 自選10句は次の通り。

  泣き足らぬ赤子へ石鹸玉の空
  寝顔見て帰る面会落葉期
  魂棚へ媼がひとり風送る  
  そこからは鳥の領域朴の花
  恐竜の化石に羽毛夜の秋
  羊水に浮かびし記憶初湯殿
  鳴き砂の浜の痩せやう夜光虫
  天籟に応ふる地籟真葛原
  黄落や似顔絵描きの聞き上手
  ちかづけば色なき流れ花山葵

 一読して、熟達の作品群だと思った。(筆者=栗林)よりもお年上の方に違いないと思って履歴を見ると、昭和38年のお生まれと分かった。「春月」主宰の戸恒東人氏の帯文でも「(この「第二句集は」)俳句の神髄に迫るためにさらに思索を深め、滋味溢れる平明な文体を追求した句集となった」とある。俳句の世界では間違いなくお若い方なので、驚いた。その中で、4句目の「鳥の領域」のような措辞は、筆者のような年寄りにはなかなか使えない。この言葉が該句集の表題となっている。

 筆者(=栗林)の共鳴句は次の通り。印は(*)長谷川さんの自選句と重なった。

007 初空や竿に余力の大漁旗
010 寒泳のカイゼル髭に乱れなし
011 トンネルのたび残雪のそがれゆく
012 泣き足らぬ赤子へ石鹸玉の空(*)
015 恋文のやうな礼状余花の雨
017 黒南風や石突とがる女傘
018 地ぼてりや首てぬぐひが様になり
019 四島は萱草燃ゆるその先に
020 天使魚と別れ話を盗み聞く
021 蔵町の空明け渡す帰燕かな
023 秋ともし眸を入るるのみの筆
025 寝顔見て帰る面会落葉期(*)
028 けあらしや橋また橋の佃島
031 初写真大仏を手のひらに乗せ
037 念力を少し朝顔蒔く指に
039 田楽や仇討なべて逆恨み
045 山百合や路肩弱きを足裏より
048 居姿の隙は罠かも秋あはせ
067 青饅や物腰からは署長かと
068 乗員の数だけ醤油沖なます
069 伽羅蕗や皆が承知の父の嘘
070 夜目の利く人の声高ほたる狩
072 遭難の碑へ一礼の歩荷かな
082 角たてぬ物の言ひやう関東煮
088 探梅やまだ巻き癖の緋毛氈
096 知命よりはじまる余生鱧の皮
102 化粧塩鮎胸鰭をとぎすます
121 鉄路とは小高きところ青田風
133 九分咲きを裏手に待たせ菊花展
136 咳二つインターホンを押す前に
144 歩幅まだ揃はず桜貝の浜
146 照焼の箸折る堅さ花疲れ
152 のこり湯を捨つるやましさ半夏生
166 吊橋は風啼く高さ紅葉狩
169 懐手解き葬送のクラクション

 中から筆者の特に好みの句を鑑賞しよう。

011 トンネルのたび残雪のそがれゆく
「トンネルを出ると雪だった」という川端康成の名文があるが、掲句の場合は逆に、トンネルを出る度に雪の量が減って行く。新潟や長野地方からの南行きのドライブか車窓の景であろう。あるいは関ケ原を抜けるあたりの景であろうか(関ケ原の辺りにトンネルが沢山あったかどうかは確かではないが……)。つくづく、日本の景色は変化に富んでいる、ということを認識させられる。作者同様、読者もどんどん春に近づいて行く感じ。

012 泣き足らぬ赤子へ石鹸玉の空(*)
 自選句と重なった。泣き止まぬ赤子にシャボン玉を吹いてやる。空へ上がって行くシャボン玉を、泣きじゃくりながらも、子の目が追っている。シャボン玉が消えると、また泣き始める。もの哀しさもあるが、本質は、子育ての楽しみを詠んだ句。

025 寝顔見て帰る面会落葉期(*)
 お見舞いに来たのだが、生憎、病人は眠っている。わざわざ起こすのはよそう。起こしたとて、楽しい話があるわけではないのかもしれない。見舞いに来たことだけが、あとで分かればいい。下五「黄落期」がもの哀しく、病人の状態を思わせる重い句。

039 田楽や仇討なべて逆恨み
「田楽」と「仇討ち」となれば、筆者には伊賀上野の鍵屋の辻のそばにある田楽屋を思い出す。荒木又右衛門の仇討ち手助けの現場である。この背景に「逆恨み」があったかどうかは分からないが、曽我兄弟や赤穂浪士にせよ、見方をかえれば、理不尽な逆恨みの結果ということも言えよう。

069 伽羅蕗や皆が承知の父の嘘
 年老いた父なのであろう。子らが集まると、たびたび聞かされたむかし話であろうか。戦争のこと、苦労したこと、ちょっとした手柄話……。ひょっとして食糧難で、よく伽羅蕗を食べていたころのことか? そうでなくても良い。おりから伽羅蕗が青々と茂っていた。勝手な想像だが、こう思うのは読者の権利であろう。許されたし。

088 探梅やまだ巻き癖の緋毛氈
 茶席でも用意しているのであろう。野点には未だ早いのだが……。去年使った緋毛氈が、その巻き癖が残ったまま、拡げられている。よく観察した結果がそのまま書かれており、その折の感興が伝わって来る。巧まずして巧みな一句。

133 九分咲きを裏手に待たせ菊花展
 これも上手い句。飾られている菊そのものを詠むのではなく、菊花展の裏側を見て詠んだ。そのときその時の一番の花ごろの菊を飾るのであろう。出展者の菊づくりへの気配りや矜持が読みとれる句。

136 咳二つインターホンを押す前に
 まず咳払いして、こころを落ち着かせてからインターホンを押す。ちょっとした緊張がある。この場合の「咳」は季語であっても良いのだが、季語的につかわれてはいないのでは……。だから季語の本意に沿った句ではないのだが、筆者(=栗林)は、この種の作品を大いに佳しと思っている。

169 懐手解き葬送のクラクション
 この「懐手」も、季語の本意に縛られなくてよいと筆者は思っている。寒いからではなく、個人を想い偲び、なんとなく懐手をしていたのだが、出棺のクラクションが鳴って、合唱のため懐手を解いたのである。思い当たる景。

 戸恒主宰の言の通り、平明で滋味のある佳句が多かった。

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