中川めぐ美句集『葭切』

 中川さんが句集『葭切』を上木された(東京四季出版、平成29年6月1日)。氏は鳥井保和主宰の「星雲」に所属されておられるが、もともと津田清子に指導を受けていた。「星雲」では第6回昴星賞を受賞している。


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 鳥井主宰の抄出句は次の12句。

  蝲蛄の痙攣しつつ脱皮せる
  蒼穹に吸ひ込まれゆく鷹柱
  乾坤の空の限りを鷹渡る
  鶴歩く豊葦原の日射し浴び
  天空を焦がす火柱燈籠焼
  青田風天へ抜けゆく千枚田
  的を射し残心凛凛し弓始
  火の列が激流となるお燈祭
  葭切や母漕ぐ舟で登校す
  海光や枝の先まで梅開く
  滝壺は渾身で滝受けとめる
  金色の佛陀の乳首風薫る

 いずれも格調高い句である。帯文には、
   滝壺は渾身で滝受けとめる
が鳥井主宰によって抽かれている。

 筆者(=栗林)の共鳴句も多くに及んだが、その中から次の20句を掲げよう。(*)印は鳥井主宰の抄と重なった句である。

017 蟻が這ふ葉つぱの上も蟻の道
023 大夕焼海を歩いてゆけさうな
028 炎昼の下町鉄の匂ひして
038 能面の目玉の孔の涼しさよ
039 虫集く耳の聞こえぬ母と居る
057 滝壺の底まで柱状節理かな
062 冬晴や干網の上猫睡る
065 白南風や足裏の砂を波さらふ
072 うす紙をはづされ雛微笑める
097 秋出水牛が流れてゆきにけり
100 青葉して佐渡一国が盛り上がる
103 火祭の火の列天と地をつなぐ
106 山神へ猪捧ぐ里神楽
109 的を射し残心凛凛し弓始め(*)
125 白壁に影絵となれり風の盆
131 海光や枝の先まで梅開く(*)
136 だんじりの団扇発止と遣り廻し
146 ネパール
    棚田植う腰に赤ん坊くくり付け
155 ベルギー
    風薫る美術館へは舟で行く
157 チェコ
    青嵐戦車通りし石畳

 幾つかを鑑賞しよう。

017 蟻が這ふ葉つぱの上も蟻の道
 蟻の列であろう。大きな障害物なら迂回するなり、列が途切れるかも知れないが、葉っぱくらいなら蟻たちはそのまま列を乱さずに進む。その景を書いただけなのだが、読者には蟻たちの姿が見えて来るのである。何故か只事俳句には終わらない魅力を感じた。

023 大夕焼海を歩いてゆけさうな
 サンタクルス(リスボンの北にある海岸の保養地)にある檀一雄の記念碑に〈落日を 拾いに行かむ 海の果て〉がある。拾いにゆくには舟で行くのか? いや歩いてでも行けそうである。凪の海に落ちようとする入日。また中川さんに〈176 大夕焼大地行き交ふ牛・山羊・人〉や〈177 大夕焼地の果までも朱の彩〉がある。これはインドで詠まれたらしい。掲句は海が舞台だが、インドのような広大な景もまた趣がある。

028 炎昼の下町鉄の匂ひして
 いつも思うのだが、視覚や聴覚は俳句になりやすい。嗅覚や味覚は難しい。だが、決まると実にリアリテイがあり、佳句となる。掲句もその例となろう。下町の炎昼が匂ひの感覚を増長させている。雑然とした下町であろう。

039 虫集く耳の聞こえぬ母と居る
 ご母堂の句が多い。〈051 母の背を摩りゐてきく除夜の鐘〉や〈056 ながらへて辛し病母の花の昼〉である。そして永別の日が来る。〈冬夕焼母とわたしの今日の距離〉。しかし、思い出の中では、母が健在である。〈063 貝寄風や紀の方言の母の声〉からして、ご母堂は和歌山の方と分かる。

065 白南風や足裏の砂を波さらふ
 砂浜の景。波が足元に届くたびに足裏の砂がずぶずぶと攫われる。むずむすとするこの身体感覚が魅力。おりから、白南風の明るい季節。心地よい風も吹いていることであろう。

072 うす紙をはづされ雛微笑める
 雛納めや雛を箱から出すときの句は多くある。箱を開けてうす紙を外した時、一年ぶりで対面する雛の表情を「微笑」と言った。その甘さが許される句であろう。

100 青葉して佐渡一国が盛り上がる
 島の青葉の候。島が盛り上がる景を中川さんはこうも詠んでいる。〈075 椎若葉して一島の盛り上がる〉。この句ではどこに島なのか不明であるが、掲句の方は「佐渡」と断っていて、緑の大きな島全体が盛り上がっていることが分かる。

109 的を射し残心凛凛し弓始め(*)
 鳥井主宰の選んだ句でもある。「残心」とは、弓道で言う言葉。矢を放った後、暫時、矢の行方を確かめながら、静止の時間を楽しむ。雑念は一切忘れる。矢が的に中ったのなら、軽やかな的中音が残る。その後は静謐そのもの。年明けの「弓始め」なら、なおのこと厳かさがあるはず。

131 海光や枝の先まで梅開く(*)
 これも選が重なった。ホツホツと梅が咲いていたと思ったら、今朝は、おりからの明るい海の光の中、満開となった。それを「枝の先まで」と書いた。筆者には白梅ではなかろうかと思えた。梅は無限花序なのかもしれない。

155 ベルギー
    風薫る美術館へは舟で行く
 中川さんは海外に何度もお出かけである。ベルギーの景。運河が発達した国は舟が便利。ベニスほどではないが、ブルージュもそれに近い。どんな美術館なのかは書かれていないが、ご自身にとっては懐かしい旅日記の一句であろう。 

157 チェコ
    青嵐戦車通りし石畳
 市民革命があったチェコ。プラハの春やビロード革命と呼ばれている。筆者(=栗林)には、プラハのヴァーツラフ広場であるような気がする。広い大道りを登ると、大きな博物館や聖者の像があったように記憶している。戦車もここを通ったのかも?
 これらの海外詠は、筆者にも懐かしさを齎してくれた。多謝。

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