大場弌子句集『遠州灘』

 大場さんが句集『遠州灘』を出された(角川書店、平成29年3月25日)。大場さんは大牧広さんの「港」所属だが、細川加賀が主宰した「初蝶」の出身。静岡にお住まいなので『遠州灘』なる句集名も納得できる。
 序文は大牧さんが大場さんの句柄を「おおらかさ」「なごみ感」があると、多くの佳句をあげて述べられている。句集にある〈050 加賀思ふ金木犀の香なりけり〉も単なる加賀の地の意味だけではないだろう。
 


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さて、自選12句は次の通り。

  海光をたたむ初日を愉しめり
  海境に雲立ち上がる大暑かな
  加賀思ふ金木犀の香なりけり
  手も足も重くてならぬ藤の下
  大花野振り向くほどはなかりけり
  青饅や丸き卓袱台旅の果て
  夏足袋を脱げば一日終るなり
  ときどきは杖となりたる日傘かな
  初電話息子と丁寧語で話す
  秋燕や遠州灘は母の海
  花の種蒔いてゆゑなく溜息す
  美しく老いて行きたし酔芙蓉

 筆者(=栗林)の共鳴句も掲げよう。恵贈された句集は先入観を避けるため、序文もあとがきも、経歴も、帯文にある自選句も読むのは後にして、まず、もろに作品に接するのが筆者の習慣なのだが、筆者の共鳴した句と大場さんの自選した句に、重なったものが3句(*印)あり、うれしいことであった。

021 卒業の先生の手の泣いてゐる
028 浴衣着て意地はる事もなかりけり
038 白魚の光もろとも買ひにけり
076 大花野振り向くほどはなかりけり(*)
078 庭下駄を揃へてよりの良夜かな
086 枯野道ドクターヘリが眼前に
110 ちちははの在さぬ家の桜かな
115 夏足袋を脱げば一日終るなり(*)
117 老鶯のしきりに呼びし奥の院
119 足よけて蟻の行列通しけり
123 ときどきは杖となりたる日傘かな
159 初電話息子と丁寧語で語す(*)
165 耕して父母百姓で終りけり
178 海の香や知らない町に降りて夏

 右は、とても気に入った30余句から絞ったものである。さらに、いくつかの句について鑑賞させて戴く。

021 卒業の先生の手の泣いてゐる
「手が泣く」という表現に不思議な魅力があって戴いた。どういう状況なのだろうか。「卒業の」は先生が卒業するわけではなく、卒業式での先生、という意味に解釈した。その「手が泣く」のである。涙を見られるのが恥ずかしくて、手で顔を覆っているのであろうか。大場さんの句は明瞭なのが多いのだが、この句はほんの少し謎めいていて、不思議な魅力があった。

038 白魚の光もろとも買ひにけり
 白魚を買い求めるのに、光をも一緒に買った、という風に感じたのだ。如何にも生きの良い白魚である。そうは書いていないが、そう思う。さぞ美味であったに違いない。

086 枯野道ドクターヘリが眼前に
 ドクターヘリが俳句に登場した。その珍しさが目を引いた。大場さんの句は、決して新しがり屋ではないように思うのだが、このような素材をも詠むことは、筆者としては大いに賛成である。着陸したのが枯野道だというちょっとした驚き。田舎なのに違いない。無事であったろうか、少し心配。

117 老鶯のしきりに呼びし奥の院
 奥の院は一般的には寺域の一番高いところにある。山寺でも室生寺もそうである。高いところで老鶯が良い声で鳴いている。ここまでおいで、おいでと誘っているよう。

165 耕して父母百姓で終りけり
 作者の父母は一生お百姓さんで終った。耕すだけが二人の仕事だった。作者は、父母のそのご苦労に、あえて何事も言っていない。有難いとも言わないところに、心中に沈着した感謝を感じる。

 自選句と筆者共鳴句と重なった3句も鑑賞しよう。

076 大花野振り向くほどはなかりけり(*)
 日頃から大きな花野だと思っていた。だが、振り向いてじっくり眺めると、山裾が迫っていたり、一部が開発されたりしていて、実際はそれほど「大花野」ではない。しかし、それでも作者にとっては大きな花野なのである。物理的な広さではなくて、この花野に託している思い出、あるいは思い、こころと言ったものは、十分に大きいのである。正直に書いて、深みが出た。

115 夏足袋を脱げば一日終るなり(*)
 家へ帰って、あるいは一仕事終えて、夏足袋を脱ぐとほっとする。火照った足に夕べの空気の涼しさを感じる。ああ、今日も一日無事に仕事を終えたなあ、という安寧感。一生はこの平穏の繰り返しなのかもしれない。明日も暑い日なのかも。

159 初電話息子と丁寧語で語す(*)
 正月に、日ごろの無沙汰を詫び、無事を確認する電話。息子にも、正月だからか、あらたまった言葉遣いになる。しかし、話しているうちに、嫁が出たり、孫が代わったりして、だんだん気安い言葉遣いになって行くのではなかろうか。人の幸せは、このような時間の共有であり、家族の情の確認の積み重ねなのではなかろうか。




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