関根千方句集『白桃』

 関根千方さんが第一句集『白桃』(ふらんす堂、平成29年3月30日)を上梓された。氏は「古志」一本の人で、平成27年に第十回飴山實俳句賞を受けた。序句として、長谷川櫂名誉主宰が次の句を贈っている。

  白桃は月の光の果実かな   櫂

 なお、関根さんは「古志」の青年部のアンソロジーにエッセイ「俳句という石垣」を書いておられ(「古志青年部」平成24年)、それを筆者(=栗林)が『俳句とは何か』(角川学芸出版、平成26年)に引用させて戴いたのがご縁で、この『白桃』を送って戴いたものと思う。気鋭の作家である。



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自選句は次の通り。

春眠の一時に乳たまりけり
片蔭に見えざる影の潜みをり
黒髪をひとめぐりして揚羽消ゆ
また一つ大きな夢のはじめかな
ちぎられて水のかけらのレタスかな
わだつみの花摘みにまた海女沈む
蛸提げて太古の海を来たりけり
寒念仏こころに雪の降るごとく
蜜蜂にして太陽を分光す
この星の水吸ひあげて蓮ひらく
桃熟るる金銀の秋来たりけり

 形の上では、落ち着いた句の古格を守りながら、第一句目〈乳たまりけり〉、第五句目〈水の欠片のレタス〉、さらに後ろから三句目の〈太陽を分光す〉など、若々しい感性を垣間見せている。
 筆者もゆっくり鑑賞させて戴いた。特に共鳴した作品が30句ほどあったが、ここでは、そのうち10句に絞って掲げる。

010 涼しさのゆき交うてゐる橋の上
011 銭湯の中も祭の威勢かな
027 乳をやる顔は菩薩や夜の秋
031 新米の粥より離乳はじめけり
036 這ひ這ひに皆ついてゆく恵方かな
061 こぼれては寒雀またもとの木へ
077 みな死んじまつたというて松手入れ
091 揺れやまぬうちに次の子鞦韆に
116 夢覚めてまどろむ山を焼きにけり  
126 ちさき手をあはせ螢の籠とせよ

 集中、微笑ましく嬰児を詠った句が目立っている。さらに、いくつかの句を、筆者なりに鑑賞させて戴く。

010 涼しさのゆき交うてゐる橋の上
 橋の上は川風が涼しく通り抜けるところ。そこを通る人も、当然、涼しさを感じている。作者はそれを眺めていてか、あるいは自身も橋を渡っていてか、とにかく複数の人たちが〈涼しさ〉を感知している。さらに言えば、「人=涼しさ」として、人が行き交うのを、涼しさが行き交っている、と詩的に書いたとも思える。極めて平易であるが、膨らみと味があり、いかにも「古志」作家の作である、と思った。

011 銭湯の中も祭の威勢かな
 この句集を読んでいる初めのころは、関根さんは女性かと思った。しかし、読んで行くうちに、この作者が男性であることに気が付き、あとがきで改めて認識した。
祭の雰囲気が銭湯の中にまで及んでいるのだ。まさに男の世界だろう。なぜか田中裕明の〈大学も葵祭のきのふけふ〉を思い出した。しかし、関根氏のこの句の方が、若者の活気・熱気、あるいは祭りへの熱い思いをより強く思わせてくれている。

027 乳をやる顔は菩薩や夜の秋
 作者の略歴には平成22年長子誕生とある。嬰児へ授乳する妻(=母親)の表情は菩薩のそれのようだと言う。決してオノロケではない。母たるものの無償の愛の姿なのである。筆者イチオシの作品である。

077 みな死んじまつたというて松手入れ
 松を手入れしてくれている庭師がポロリと呟いたのだろう。先輩はみんな逝ってしまった……と。80歳ほどの親方かも。もし戦争のことだとすると、もっと年配の庭師かも知れない。だが、戦争と決まったわけではない。原爆や東京空襲かも知れない。すると、亡くなったのは同輩や後輩、さらには身内も入る。もっと考えれば、何も戦争や災害でなくても良い。ながい長い来し方を振り返っての述懐であってもよいのである。結構重い句である。

116 夢覚めてまどろむ山を焼きにけり  
 一読では分からなかった。だが冬の「山眠る」なる季語を思い起こせば解る。早春の山も、そろそろ目覚めた頃だから、段取りをして、山焼きをしましたと……。おおらかな季語の世界。冬の間、山はどんな夢をみていたのであろうか?

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