清水伶句集『星狩』を読んで

 「遊牧」同人の清水伶さんが第二句集『星狩』を上木された(平成29年3月31日、本阿弥書店)。序文は塩野谷仁「遊牧」代表で、多くの佳句を挙げながら、清水さんを「硬質の叙情」の俳人だと賞賛している。
 彼女自身の目指すところは「私の興味は書かれている句意が鮮明で、現実的な細部が感覚という、全体の多義性を深めた俳句を書きたいと願っている」とある。


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 この点は後で筆者(=栗林)の意見も交えて考察したいところであるが、とまれ彼女の自選句を掲げよう。

  幾万の蝶を翔たせて夏の空
  弦楽の一弦狂い蝶の昼
  唇のしずかな水位羊歯ひらく
  母死後のピアノに匿す秋螢
  讃美歌を閉じ冬蝶を漂わす
  星狩に行ったきりなり縞梟
  硝子切るしずけさにあり蟻地獄
  西行に倦み冬蝶に誘わるる
  菊枕簪いっぱいありにけり
  回廊のどこまでが夢冬の鹿
  永遠の合わせ鏡と寒梅と
  たましいを華とおもえば霰ふる

 ロマンや抒情性を代表するものである「蝶」が多く登場している。そして、句柄は明らかに花鳥諷詠や現実のものの写生に終わっている訳ではない。勿論、写生もあるが、多くは言葉を拾うための写生であったに違いない。見たものから一瞬に得られたイメージを膨らませてその世界を詠んだ、詩的な俳句である。
 彼女自身の俳句遍歴は、「朝」の岡本眸、「海程」の兜太を経て現在の「遊牧」であるが、叙情の系列にあるとして、正木ゆう子、あざ容子、鳥居真理子、対馬康子、大木あまりなどの女流の作品を愛好し、さらに、池田澄子、櫂未知子、小檜山繁子らを評価しているようだ(『現代俳句を探る』より)。だが、筆者の感じでは、彼女の作品は、むしろ阿部完市、飯島晴子、摂津幸彦の世界に近いのではなかろうか、と思う。それから、彼女は「句意が鮮明」なことを目指されているのだろうが、多くの作品は、けっして平明ではない。その一つの要因は、彼女が志向している「多義性」にあるのだろう。それが俳句を膨らませ、〈詩〉に近づける役割を成している。

 さて筆者の共鳴句は40句ほどに及んだが、うち20句を掲げる。(*)は自選句と重なったものである。

018 幾万の蝶を翔たせて夏の空(*)
026 首すじに海の音する冬帽子
046 少年とキアゲハ風に入れ替わる
049 青梨を齧れば夜の水位かな
064 ぼうたんの荒々しくも月の跡
065 鮎食べて唇はつめたき水辺かな
066 螢のひとつふたつは泪ぐむ
072 唇のしずかな水位羊歯ひらく(*)
077 かくれんぼ蝶の白さを残したる
079 夕牡丹おとこも化粧するころか
085 秋ふたり一人は半跏思惟であり
112 祈らねばてのひら幽し夏つばめ
136 とのぐもり林檎の花も石けりも
137 あざやかな伏目でありぬ夕牡丹
142 鴨居玲のピエロの赤を梅雨晴間
145 夏の夜の闇の水位に白孔雀
178 瑠璃蝶に空の階あけておく
183 あかあかと二百十日の人体図
191 蔦館絶望的(デスペレート)な女居て
197 冬来ると象牙の牙がやわらかい
                                
 日頃から筆者は俳句作家にふたつの流れがあるように思っている。一つは伝統俳句で代表されるような「俳句の俳句らしさを深耕する」流れと、「俳句を詩のような文学へ拡大させようとする」流れである。清水さんは後者に属する俳人、いや詩人であると筆者は思っている。彼女は「あとかき」に「海程」の小野裕三氏の言を引用しているが、筆者もまさにそう思うので引用しておこう。

   星祀るしろい金魚に名をつけて
  いわゆる〈詩〉に比べると、俳句はどこかじれったい。季語という精密な目盛りでじりじりと焦点を合わせる望遠レンズのようなもので、ある意味では退屈というか忍耐力のいる文芸である。それよりは華やかな言葉やイメージによる一瞬のスパークの方が手っ取り早い。だから〈詩〉は俳句からはとても青い芝に見える。しかし、俳句で〈詩〉をやる成功率は決して高くない。この句のような成功率はかなり稀有な産物と言える。 

 〈詩〉を志す俳人はモノの写生に拘らない。そこから生れる感受を膨らませる。だから結果として現実では起こらないイメージ上の「虚」を叙述することになる。
 筆者は理系育ちの人間であって、その悪い癖で、いつも俳句に最低限の合理性を要求する。あくまでも最低限だが……。つまり、「解る」ことを尊重する。しかし、考えてみれば、〈詩〉を志す作品は、「解る」よりも「感ずる」ことの方がより大切なようである。そう考えると筆者は『星狩』のあまり良い鑑賞者ではない、と思わざるを得ない。しかし、であっても、筆者が選んだ清水作品にはけっこうイカス句があるように思う。
 少し鑑賞しよう。

018 幾万の蝶を翔たせて夏の空(*)
 これは伝統派の作であると言っても通用する。平明にして景が見えて来る佳句。その意味で筆者が安心して選んだ句。それが清水さんの自選句でもあった。「硬質な叙情」かと問われれば、そう硬質ではないが、上質な抒情である。魅力ある句は、流派を問わず評価されるものである。

046 少年とキアゲハ風に入れ替わる
「少年」が「キアゲハ」を追っていたのか、それとも「少年」がスキップでもしている傍にたまたま「キアゲハ」が飛んでいたのか。とにかく、風が吹いて蝶の動きがちょっと乱れた瞬間、「少年」と「キアゲハ」が入れ変わった。そんなことはあり得ないのだが、両者がまつわるように動いていたから、清水さんにはそう見えたのだ。見えたとおりに書いた。それで〈詩〉になった。「少年」と「キアゲハ」の双方が「風」になった、のではないでしょうね。

049 青梨を齧れば夜の水位かな
072 唇のしずかな水位羊歯ひらく(*)
145 夏の夜の闇の水位に白孔雀
 この3句には、詩の言葉としては割合に珍しい「水位」という物理的、防災気象用語的な言葉が使われた。「夜の水位」「しずかな水位」「闇の水位」はそれぞれどういう趣を内包しているのだろうか。興味ある用法で、他者の俳句にも用例があったとも思うが、覚えていない。「ふかみ」や「ふかさ」では言い表せないニュアンスがあるのであろう。「豊かな水の量」とその「水面の平らさ」が思われる。つまり、一義的用法ではない。清水さんは「多義性」をも志向していると思われるが、言葉の膨らんだ使い方が上手である。そして若干言葉派的である。

064 ぼうたんの荒々しくも月の跡
 美しく開いた牡丹を、月光が荒々しく照らし出している。月光の強さで花弁がほころびそうである。「ぼうたんに」でなくて「ぼうたんの」が俳句を膨らませている。多義性も出て来る。それにしても、「月の跡」が実にうまい! 詩人である。 

065 鮎食べて唇はつめたき水辺かな
「水辺」で「鮎」を食した。焼いたばかりなはずだから、まだ温かいはず。だが「唇はつめたい」という。この屈折感というか予定不調和感はどこから来るのだろうか。生きものを食したときの済まなさだろうか。それとも、たまたまその場の雰囲気が寒々しいものだったのか。脈絡もなく、友岡子郷氏の〈水よりも鮒つめたくて夕永し〉を思い出した。

079 夕牡丹おとこも化粧するころか
 これもまた面妖な句。攝津幸彦の〈野を帰る父の一人は化粧して〉を思い出した。清水さんもこの句に影響されたのではなかろうか。怪しげな特殊な男文化を描いたのであろうか。確かに予定不調和は〈詩〉になる。

112 祈らねばてのひら幽し夏つばめ
 一読して、逆ではないかと思った。祈るときは手を合わせるから、てのひらは幽いはず。しかしそれは、俳句に合理性を求める読み方で、よろしくないのである。配合の季語の「夏つばめ」が若干分かりにくい。それなら選ぶなって言われそうなのだが、この句は「解」らなくても何かを「感」じさせるのである。

137 あざやかな伏目でありぬ夕牡丹
 牡丹を「夕牡丹」とは言え、目を伏せている、と言った。それが「あざやか」だ、とも言っている。この捻じれ感が不思議な魅力を齎している。阿部完市流の魅力。

142 鴨居玲のピエロの赤を梅雨晴間
191 蔦館絶望的(デスペレート)な女居て
 この二句は「鴨居玲」なる画家と、「碌山美術館」を知っている人には堪えられない佳句である。素朴な人物画を書いた薄幸な画家。穂高にある美術館所蔵のおんなの彫像。二つとも印象鮮明な作品である。若干主知的ではあるが、筆者には響いて来た。

178 瑠璃蝶に空の階あけておく
 後藤比奈夫に〈鶴のくるために大空あけて待つ〉という句があるが、清水さんのは、華麗な「瑠璃蝶」に「空の階」という雅な取り合わせを提起した。まさに〈詩〉である。

183 あかあかと二百十日の人体図
 これは写実的。「人体図」も赤っぽいし、「二百十日」により、身体全体に、なんとはなしの不安感を感じさせる。「あかあかと」は八割り方「人体図」にかかるのだろうが、二割ほどは「二百十日」にもかかる。それで句は膨らむ。

197 冬来ると象牙の牙がやわらかい
「象牙」だけでなく「象牙の牙」という念の入れ方が面白い。つまり象牙の加工品ではなく、まっさらな「象牙」を読者はイメージする。一方で、「冬」だと言われると、「冬」はものに何となく硬さを齎すように思うのだが、逆に「やわらかい」と断言され、意表を突かれた思いがする。筆者なら、季語を「春光に」とでもやってしまいそう。そうするときっと面白くないのだ。予定通りに終わらせないことによって、読者に〈詩〉を創らせるところが、私にとっては、飯島晴子的である、という所以である。

 繰り返すが、筆者が「理解」できた、あるいは「感じ」取れたと思った句に限って鑑賞した。それでもイカス句が十分に多かった。

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