高野ムツオ句集『片翅』

 蛇笏賞作家の高野ムツオ(「小熊座」主宰)さんが受賞後初の句集『片翅』を出された(平成28年10月30日、邑書林刊行)。第六句集で、平成24年春からの4年間、395句を収めた。一読、原発を含む東日本大震災の惨状が色濃く詠まれている。もちろん、それ以外の作品も多く、各地へ出かけて行って成った句、意外にシュールな句、ベトナム、スペインでの海外詠も入っている。


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 自選句は次の10句。

  揺れてこそ此の世の大地去年今年
  死者二万餅は焼かれて脹れ出す
  みちのくの闇の千年福寿草
  涎鼻水瓔珞として水子立つ
  南部若布秘色を滾る湯にひらく
  福島の地霊の血潮桃の花
  星雲を蔵して馬の息白し
  俳句またその一花なり黴の花
  原子炉へ陰剝出しに野襤褸菊
  戦争や葱いっせいに匂い出す

 筆者(=栗林)の共鳴句はかなりの数に及んだが、30句ほどを掲げる。

007 朝空は叩けば響き花三分
010 立つほかはなき命終の松の夏
015 雨のどこかに蜻蛉蜉蝣蝶の息
016 眼底に落鮎跳ねて眠られぬ
017 一言も洩らさず銀杏黄葉せり
025 揺れてこそ此の世の大地去年今年(*)
026 死者二万餅は焼かれて脹れ出す(*)
030 底冷は京みちのくは底知れず
045 黒揚羽あれは光の裏返し
048 鮭打たれる婚姻色をうねらせて
051 ことごとく我らを睨み冬の星
052 草千里とは一枚の冬日差
053 億年の途中の一日冬菫
058 星の音マスクをすれば聞こえ出す
064 若布喰い白魚を喰い涙ぐむ
065 蕨手は夜見の手それも幼き手
079 われも一伏流水ぞ豊の秋
081 木枯に乗って天降りぬ一輪車
084 児童七十四名の息か気嵐は
091 三食が寒菊という鵯の声
103 鬩ぎ合う岩盤(プレート)の上雛祭
104 地震の話いつしか桃が咲く話
112 知覧の句一句もできず梅雨夕焼
114 夏草に餓死せし牛の眼が光る
118 かつてみな明眸皓歯茸汁
119 みちのくの残党として芋の露
120 日高見は片目片足片葉の蘆
126 福島は蝶の片翅霜の夜
135 お降りや仮設長屋に原子炉に
138 上を向くために顔あり夜の雪

(*)印はムツオさんの自選と重なった句である。10句ほどに絞って、筆者なりの鑑賞をさせて戴く。

025 揺れてこそ此の世の大地去年今年(*)
 地震国の日本。余震は続くし、各地には別の震源からの揺れが頻発している。そのような大地に棲んでいることを覚悟し、是認し、去年を過ごしてきたし、今年来年と、これからも過ごしてゆく。揺れる地面に暮らしているからこそ、この世の「生」を確かめながら生きていくという実感がある。

026 死者二万餅は焼かれて脹れ出す(*)
 東日本大震災の犠牲者は約二万人。その哀しい事実に配合するに「餅」を持って来た。驚きの二物衝撃である。焼かれた餅が膨れ出すのは平和の象徴であろう。この句から何を読者は導き出すべきなのだろうか。ムツオさんは何を訴えているのだろうか。何の計らいもなく、ただそこから何かを感じさせたいのだろうか。俳句の恩恵を期待してのことか? 筆者は「焼かれて」をひどく重く考えさせられた。荼毘にふされたであろう犠牲者を瞬時思い出したが、すぐに打ち消した。結論は出ていない。

051 ことごとく我らを睨み冬の星
 いつもは我々が星を見る。それを逆転させている。どこからか高いところで我々を睨んでいるものの複数の存在を思わせる。身を正さねば、と緊張してしまう。

065 蕨手は夜見の手それも幼き手
 春に地面から出始める蕨の柔らかく丸まった部分が「蕨手」。幼児の手のようだ。それが震災の幼い犠牲者のように思えてならない、というのだろうか。ただ単に鎮魂の句とは思えず、052の句と共通する重たさと不気味さが同居している……と思うのは筆者だけだろうか?

079 われも一伏流水ぞ豊の秋
 ムツオさんが筆者のためにこの句集の表紙裏に書いて下さった一句。「一伏流水」は謙遜の度が過ぎようが、「豊の秋」には氏の十分な矜持が感じられて嬉しかった。

081 木枯に乗って天降りぬ一輪車
 鑑賞が難しかった。たぶん子供であろう、一輪車に乗っている。それが木枯しに乗って天空を飛び、やがて地上に天下って来た。シュールな句であって、ムツオさんの句の中では、案外珍しいものではなかろうか。

084 児童七十四名の息か気嵐は
 やはり津波を思ってしまう。調べてみたら、石巻の大川小学校の児童の犠牲数はまさしく74人であった。「毛嵐」は厳冬時に川や海の水面に靄がかかる様をいう。それが子供たちの吐く白息のようだという。切ない。「毛嵐」の句でこんなに哀しい句を見たことがなかった。

112 知覧の句一句もできず梅雨夕焼
「知覧」はご承知の特攻隊基地だった町。道沿いに石灯篭がずらりと並んでいて、訪れる人々は、若い特攻員たちへの鎮魂の心構えを促される。その雰囲気は、沖縄のひめゆりの塔と同じく、軽々に俳句には読めそうもなくなる。あれから70年以上たったのに……。

119 みちのくの残党として芋の露
 ムードは鬼房調である。そういえば、この句集には鬼房を継いだ俳人であることの香りが随所にある。例えば、〈030 底冷は京みちのくは底知れず〉や〈079 われも一伏流水ぞ豊の秋〉である。アテルイの末裔だと言った鬼房、自分探しに呻吟した鬼房。たしか〈みちのくは底知れぬ国大熊(おやぢ)生く 鬼房〉もあった。懐かしく思い出す。

126 福島は蝶の片翅霜の夜
 この句集の表題となった一句。福島は死した蝶の片翅だという。美しくも哀しい句である。勿論、事態は未曽有の惨劇であって、まだ終わっていない、長い長い悲劇である。厳しい霜の夜が続く。




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