駒木根淳子句集『夜の森』

 駒木根さんが第二句集『夜の森』を刊行された(平成28年11月25日、角川書店)。表題は〈よるのもり〉と読むのだが、実は、福島県浜通りの桜の名所、夜の森〈よのもり〉がベースにある。

  見る人もなき夜の森のさくらかな    駒木根淳子

 この桜を、三・一一以降、訪れる人はいなくなった、という句意である。日経俳壇で、黒田杏子さんが選んだ。
 さて、駒木根さんは、いわき市に生まれ、現在「麟」の編集長。「麟」代表の山下千津子さんが、実に懇切な跋を書かれている。


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 駒木根さんの自選句は次の通り。

  梅一輪空のちくちくしてきたる
  夕焼けて健啖の父卓に待つ
  水餅の闇より母の手がもどる
  見る人もなき夜の森のさくらかな
  盆の海いしずゑに置く供花と酒
  涅槃図の近づきすぎて見えぬもの
  新盆の闇じやんがらは死者を招び
  被曝野と呼ばれやませの吹き荒ぶ
  冬あかね戦後生れに災後来る
  腐海てふ干潟に戦車着くころか
  螢待つかすかな飢ゑを押しとどめ
  テトロンの日の丸うすし鳥帰る
  夜は秋の眠る故郷に眠れぬ母
  冬瓜の途方に暮るる重さにて
  捨雛のやがて人魚になる薄暮

 筆者(=栗林)の共鳴句は次の通り。なお、(*)印は著者の自選句と筆者の共鳴句が重なったものである。

009 遠郭公気を付けのまま寝袋に
013 父がまた母の名を呼ぶ冬霞
014 海けふは陸よりしづか龍の玉
015 梅一輪空のちくちくしてきたる(*)
018 牛舎より豚舎にぎやか青嵐
034 取れかかる釦のやうな冬桜
040 陶工の壺を割る音鳥曇
041 引き摺りて漁網を運ぶ夕霞
045 玉子割る音より冬の始まりぬ
048 掻巻を干す炭鉱の消えし町
052 のつそりと猫の横切る扇風機
062 洗ひたての月あり余寒ありにけり
063 首抱かれ馬のしづまる朝桜
074 寒釣のどのポケットもふくらめる
081 ポケットの深くて秋の更衣
081 汲み置きの水の小暗き菊花展
087 底冷の父よりはづす管の数
090 遺されて春の小川をうたふ母
092 見る人もなき夜の森のさくらかな(*)
093 傾がざる電柱はどれ夏つばめ
094 土足にて生家を歩く日雷
096 てんと虫ほどの暮しでよきものを
097 家毀つ順番来たり雲の峰
115 ぼた山のいつか草山葛嵐
116 釣堀の椅子の小さく秋澄めり
122 降る雪の奥にふるさと置いて来し
128 余花白し小さし勿来を越えてより
139 独楽よりも紐の汚れてをる日暮
145 沖をみるまなざしに似て桐の花
145 螢待つかすかな飢ゑを押しとどめ(*)
159 花こぶし蒼くなるまで馬磨き
160 ふらここを一途に鳥になりたき日
162 春愁の母にいくつの嘘をつく
170 夜は秋の眠る故郷に眠れぬ母(*)
170 夕蜩ひと様に母ゆだねをる

 共鳴句が多かったのだが、まず一句選んで、筆者個人の感傷をも交えて鑑賞しよう。その対象句はやはり次の句である。句集名はこの句から取られている。但し読み方は自戒を込めて「よのもり」ではなく「よるのもり」とした、とあとがきにある。

092 見る人もなき夜の森のさくらかな(*)
 この句を鑑賞するためにどうしても必要な情報は、この句が三・一一の後の句だということ。もう一つは、夜の森の桜は、それまではかなり有名な桜の名所だった、ということの二点である。筆者はさらに個人的な情報を加えつつ、自らの在りし日の感慨に溺れながら、この句を翫賞したのであった。
 夜の森はご承知の通り福島県の浜通りにあり、東電の福島第一原子力発電所に近いところ……おまけに筆者の義母とその祖が育った土地でもある。しかも、福島第一原発には、筆者自身も仕事で何十回となく通った。そのため、いわき市の東急ホテルには何度も泊まったものである(このいわき市は駒木根さんが生まれた町)。出張は、そのころ、筆者の会社が放射性廃棄物を減容する技術を開発し、東電から大型設備の設計・建設・試運転を受注したからであった。筆者にとっては、相当な大型プロジェクトであった。余談だが、この福島第一原発はわれわれの仲間では「1F(いちえふ)」と愛誦されていた。福島第二原発は「2F(にえふ)」である。駒木根さんのご主人も、1Fに係っておられたことがあったらしい。
 現場に出張していた際、夜ノ森駅の近くから続いている桜並木を通ったことがある。かなりの樹齢だったという印象があるが、美しい夜桜のトンネルだった。筆者には、納入した設備がうまく稼働しない苦しみの日夜が続いていた。だからこの桜は、筆者が企業人として日夜奮闘していた現役時代の思い出と重なるのである。
 東日本大震災の後、このあたりは立ち入り禁止地域に指定されたと思う。恐らく手入れされずに……しかし桜は、人の世の消長には関わりなく、咲き続けていたことであろう。だが、汚染に阻まれて、観る人はいない。
 筆者が現役を退いてから10年たった2011年に震災が起こった。後輩たちは、事故後も排水処理や放射線管理(放管と略称していた)などで、技術貢献していると聞いている。
 以上、筆者には(も)とりわけ印象的な一句であった。

(*)印の付いた句にあと3句ある。出来るだけ先入観を排除しつつ鑑賞させて戴こう。

015 梅一輪空のちくちくしてきたる(*)
 駒木根さんの作品には、客観写生の句はもちろん多いが、殆どの句に「私」がある。私的な感受がある。また「私」つながりの母や父の句も多い。この句は写生ながら「空がちくちくして」きたという主観表現が面白い。梅一輪に焦点を合わせると実に眩しく見える。その眩しさが「ちくちく」と言わせた。やがて梅の花はどんどん綻ぶ。ますますちくちくして来そうである。

145 螢待つかすかな飢ゑを押しとどめ(*)
 このごろは食が豊富なためか、国民総中流化のためか、ひもじさは感じない。だが、空腹感を覚えるとむしろ嬉しい感じがする。空腹は健康な証拠でもあるからであろう。螢が出るのを、いまかいまかと待っている。かすかな飢えを感じたのだが、それは螢への期待であり、今夜の食事への期待でもある。健康な身体感覚を書いた句。

170 夜は秋の眠る故郷に眠れぬ母(*)
「夜は秋」は「夜の秋」と同じに解釈したのだが、間違いだろうか? あるいは、過ごしやすくなった初秋のことか? いずれにしても、故郷は夜が涼しくなって、ものみな眠るころである。だが、作者の母親はその故郷にいて、眠れぬ夜を送っているに違いない、と作者は心配している。眠れぬ原因が何かは、短い俳句だから書けない。読者は想像するしかない。しかし、その事情は分からずとも、その母を思いやる作者の心情は分かる。後付け的に、作者の母の境遇(大震災の被害を被って、記憶が遠く、そのため施設に入っているらしい)が分かると、さらに切なくなるのである。
 同じ頁に次の句がある。
170 夕蜩ひと様に母ゆだねをる

 駒木根様、句集『夜の森』を万感の思いで読まさせて戴きました。有難うございました。

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この記事へのコメント

eiko
2017年05月04日 08:53
「よのもり」「よるのもり」
どちらも心に印象深く残る言葉です。
栗林さんの書評を拝見し、「万感の思い」に共感しました。拝見したい句集となりました。

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