宗田安正句集『巨人』

 宗田安正さんが第四句集『巨人』を出された(沖積舎、平成28年11月21日発行)。この句集の特徴は第四句集の『巨人』だけでなく、第一句集『個室』、第二句集『巨眼抄』、第三句集『百塔』に加え、極めて詳細な年譜が添えられていることである。その意味ではこの『巨人』は氏のこれまでの全句を集めた「俳句集成的」な著作と言える。
 年譜には、氏自身の経歴もさることながら、幅広い俳壇名士とのお付き合いや、大まかな俳壇史を垣間見るような出来事が書かれていて、興味が尽きない。
 氏は昭和5年生まれ。小学生のころ結核に罹り、父が手に入れてくれたストレプトマイシンで一命をとりとめ、大学受験資格を取って、昭和30年(25歳)に早稲田の文学部国文科に入学。昭和34年、同学卒業、学習研究社(学研)に入社。同社の系列会社立風書房に出向、『橋本多佳子全句集』を刊行。以降、飯田龍太の第六句集『山の木』、『金子兜太全句集』、『三橋鷹女全句集』、『現代俳句全集』(全6巻)、『赤尾兜子全集』、加藤郁乎『エジプト詩篇』、『三橋敏雄全句集』、藤田湘子句集『春祭』などの刊行に携わった。昭和59年、同社取締役就任。この後も龍太の『俳句鑑賞読本(全)』や句集『山の影』などの刊行に係わる傍ら、実に多くの句集の解説、鑑賞を書いている。また、季語関係の多種の辞典類の編集や監修に関与した。平成16年には『昭和の名句集を読む』(本阿弥書店)を執筆、翌年、同著により第5回山本健吉文学賞(評論部門)を受賞。
 俳句実作では、19歳の時、山口誓子の句集に感動し、「天狼」に投句を開始した。のち30年ほど離れ、寺山修司が俳句に復帰したいと俳句文芸誌「雷帝」を企画したのをキッカケに俳句再開。この企画は、寺山修司・斎藤愼爾らと宗田氏が参画したものだったと記憶しているが、修司の死去により、1号で終わったのが悔やまれる。
 年譜には俳壇の名士との交流……例えば、蛇笏賞・読売文学賞などの祝賀会への出席や、俳人との旅行、花見の宴、葬儀への出席、観劇、海外旅行などなど事細かく書かれている。
  とにかく豪華絢爛な人脈をお持ちの方である。


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 該句集での氏の自選句は次の10句。

  夏空の確かにしたり大嚏
  どの部屋のドアを開いてみても犀
  日輪の冷たく懸かる白牡丹
  近寄らば烟にならん立葵
  向日葵に雪降る終末の来るか
  昼寝より起ちて巨人として去れり
  わが肉のどこを押しても雁の声
  ミサイルの飛んでくるかも茸山
  夜の更けてくおーんくおーんと哭く雪原
  蛇穴を出づホモ・サピエンス滅びしかと

 五句目の向日葵と雪の取り合わせには溜飲の下がる思いがする。
 さて筆者(=栗林)の共鳴句は、次の通り。

011 いのち濃くするため衣更へにけり
018 螢火のゴツンゴツンとぶつかり来
023 なにはとも吾に乗れよと揚羽蝶
024 落日のゆらゆら揚がる大夏野
026 砂浜掘る虹の欠片の出づるかと
034 形見にと空蟬交はす兄妹
036 他の穴のことは知らざる蟬の穴
036 蟬穴の内の湿りも故郷かな
045 八月といふ定型をまた迎ふ
048 脳天に最も近き天の川
051 つくつくし御名御璽と発ちにけり
054 秋の瀑見て来て老人安らげり
065 沈黙をたてまへとする金木犀
073 人よりも馬の統べゐる冬の村
075 蓮根掘のうちの一人が吾の顔
079 綿虫のコキリと骨の音しけり
083 仏壇の扉の奥は冬の海
090 山隠す山があるなり年の暮
100 双乳の大きさ違ふ雪女郎
103 午よりは黄泉からも来る探梅行
110 誰もゐぬ雛の間より人の咳
114 鳥雲に入るを溺るるともいへり
114 鳥雲に少年すでに賢者の相
123 顳顬というて霞に近きもの
124 野遊びや天地逆さになることも
130 頭蓋あること忘じをり朧の夜
131 花曇亡父どこかで床屋せる

 幾つかの句について読んだ瞬間の感想を書かせて頂こう。

023 なにはとも吾に乗れよと揚羽蝶
 読んだ瞬間、折笠美秋の〈ひかり野へ君なら蝶に乗れるだらう〉を思い出した。筋萎縮症の難病に罹った美秋を、献身的に介護した妻の妻智津子さんへの想いが籠っている句である。涙なしには読めない。宗田さんには別の意図があったのかも知れないが、誤読を許して戴きたい。

024 落日のゆらゆら揚がる大夏野
 落日が揚がるとは? 氏の句に出てくる「の」には複雑な使われ方がある。主格の「の」なのか、「の」の後に何かが略されているのか? 俳句を意味的に理解したいという悪い癖を持っている筆者(=栗林)は、この「の」の下にたとえば「斜光」が隠されているように読んでしまった。西の山の端を落ちなんとする太陽から、斜め上に向かって光の束が射している。しかし多分違うだろう。「ゆらゆら揚がる」の感じは、はやはり落日が揚がって行くと読むべきなのであろう。とするとこれは大変な句。落日を呼び戻した清盛のようだ。

036 他の穴のことは知らざる蟬の穴
 蟬の穴には多くの佳句があるが、この句もまさに言い得ている。一所懸命穴を掘りながら上がって来る蟬は、他の蟬の穴のことまでは気が回らない。アスファルトの下に出てしまったらどうしよう……などと思っているのだろう。人の世の中に置き換えて読めば、身につまされる一句。

045 八月といふ定型をまた迎ふ
 八月には特別な感慨がある。特に戦中戦後派にとっては……また俳人にとっても「八月」には特別な季語感覚がある。ここで言う「定型」は固定感をさすのであろう。「またいつもの変わらぬ八月が来たことよ」と言う感じ。宗田さんは、それが良いとも、悪いとも言っていない。個人的には、イデオロギー抜きに、八月を大事にしたいと思っている。

090 山隠す山があるなり年の暮
 たたなずく雄大な山の自然詠……と思いきや、下五の「年の暮」で現実的な人の世に引き戻される。大事が往々にして小事の影に隠されている、などと恣意的に解釈し、また、いや自然詠として受け取っていいのだ、などと思い返したり……。

131 花曇亡父どこかで床屋せる
 筆者の好みの句である。花曇りのころ、いまごろ亡き父は、どこか旅先の鄙びた街の床屋で髭を当たってもらっているに違いない……。父君は化粧品製造業を営んでおられたようだが、まさか床屋を経営していたのではあるまい。ゆったりと床屋の椅子に座って、土地の話や世間話に耳を傾けている景を思った。

 素晴らしい句集を有難うございました。第一句集から第三までを、またゆっくり読ませて戴きます。

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