杉山文子句集『百年のキリム』

 杉山さんが句集『百年のキリム』を出された(2016年10月30日、金雀枝舎)。キリムとはアフガニスタンの平織の敷物らしい。氏の大切なものなのであろう。
 杉山さんは今井聖さんの「街」同人で、序文は今井主宰が佳句を取り上げながら書いている。句歴は16年ほど。モノに即した写生的日常詠が多い。海外にも行かれていると見えて佳句がある。


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 自選句は次の通り。

  百年のキリムや蟻の声聞こゆ
  水槽の底に大蛸春の風邪
  日曜日髪を洗ひて子を産みに
  蜩や毎日五分会ひに行く
  バスタブに浮かぶキャンドル開戦日
  青苔の両生類になる途中
  制服は黒のセーター企業せり
  励まして寂しくなりぬつくしんぼ
  ポルトガル映画見し日の黄コスモス
  菜の花のごつごつと咲く異国かな

 筆者の共鳴句は次の通り。

014 朝方の短き夢やヒヤシンス
016 もう一つ帰る場所欲し青葉木菟
016 CGの故郷無人夏木立
019 夏蓬嫌ひな力士勝ち越して
020 うたた寝の介護士遠き揚花火
026 猫舌の家族の増えて冬うらら
029 煤払ひおかめの面の凸凹も
030 初夢やヒッチコックのごとく父
033 犬の名の薬袋や花苺
043 御降りや父母なき庭の石狸
049 花の雨人形の目の黒目勝ち
049 深海魚となりて漂ふ桜の夜
050 春満月空港までの切符買ふ
052 澱みなく新姓名乗りうららなり
054 母が家の黒電話機に白レース
058 乾燥機十台稼働月青し
062 立ち飲みの背中が四つ秋夕焼
076 花通草斜面で結ぶ靴の紐
085 日曜日髪を洗ひて子を産みに(*)
088 目瞑ればルオーのキリスト油照
088 引越やグッピー十匹デカンタに
089 夏深き寝釈迦の金の足裏かな
092 青蜜柑妹先に母となり
095 赤多きナバホの砂絵秋日差す
097 花柊間違ひ電話に聞き覚え
098 雪催長顔並ぶ待合室
100 黒髪を探す聖夜の空港に
110 天井の木目火の形流氷来
112 チューリップ一人暮しを言ひ出せず
120 夏の雲波引く毎に背の伸びて
122 青蛙ほどの重さや顔パック
126 新涼や少女胡坐よりすくと立ち
127 犬一匹鈴虫二匹預かりぬ
134 二人乗りバギー車人参こぼしけり
148 アネモネと呟いてみて優しくなる
150 梅雨の部屋眼鏡外して魚になる
166 凧糸で肉巻きをれば秋の雷
170 新聞で肩叩かるる一の酉
176 制服は黒のセーター起業せり(*)

 幾つか選んで鑑賞しよう。

014 朝方の短き夢やヒヤシンス
 二度寝の朝方、心地よく目覚めた。鉢のヒヤシンスが目に入った。多分白であったろう。その時の作者の寝たりた充足感・健康感を、読者の私も分けて戴いた。

030 初夢やヒッチコックのごとく父
 夢の中身を書いた句は、往々にして弱くなるのだが、これは違う。夢でありながらリアル感があるのだ。ヒッチコックは自分の映画のどこかにチラリと出てくる。普通は通行人の一人として、数秒だけだろう。父の顔をチラリと見たのだ。話をしたわけでもない。そう思うとこの句は、少し主知的ながら、実にうまく出来ている。

050 春満月空港までの切符買ふ
 誰かが羽田あたりにやってくるのだろう。それとも送りに行くのか? 状況をいろいろ考えながら、読者は勝手に楽しむ。春満月が前向きな季語なので、多分楽しい出迎えなのだろう。想像することは、俳句の楽しみ方の一つであろう。決まりきった一つの読みしか許されない作品はつまらないのが多い。

085 日曜日髪を洗ひて子を産みに(*)
 これには驚いた。娘さんのことだろうか。外出しようかとか、テレビを楽しもうか、と言うのではないのだ。非日常を日常の如く詠んだ。重いことを軽く詠んだ。

088 引越やグッピー十匹デカンタに
 引っ越しも非日常のことだが、いかにも軽く書かれている。グッピー十匹はまさに手頃感がある。小さな家族、あるいは独り身の引っ越しのよう。

095 赤多きナバホの砂絵秋日差す
 ナバホはアメリカ・インデイアンの一種族。砂絵をお土産品として売っている。米国西部への出張の旅によく空港などで見た景で、懐かしく思い、戴いた。

100 黒髪を探す聖夜の空港に
 空港に出迎えに行ったのか、あるいは自分が到着して、出迎えを探しているのだろう。外国の景だろうか? 黒髪を目当てに探すのである。こういう句は、そう言う経験がないと読めない。そんなわけでリアル感があると思った。

134 二人乗りバギー車人参こぼしけり
 双子用のバギー車を時々見かける。空いている時間帯には、電車にも乗って来たりする。買った物も一緒に積んだのであろう、が、人参が零れた。だからどうだと、大仰なことは言っていない。そこが気に入りました。

150 梅雨の部屋眼鏡外して魚になる
 魚になるという感覚が大いに分かる。眼鏡をかけて、つまり自意識が高揚しているときは、自分の表情を保っている。鬱陶しい梅雨時に、仕事の手をふと止めて眼鏡をはずし、眉間を揉んだりするとき、無表情になる。あたかも魚になったように。

176 制服は黒のセーター起業せり(*)
 何かのビジネスを始めたのだろう。いつもの黒のセーターが制服で、大袈裟な制服などは考えてもいない。ささやかな家内的事業であろう。成功を祈っています。

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