浅見百(もも)句集『緑蔭の余白』を読んで

 浅見百さんが第三句集を出された(邑書林、平成28年8月10日刊行)。浅見さんは「ににん」の同人で、代表の岩淵喜代子さんが序文を、栞は川村研治、吉田美和子、上田信治の錚々たる皆さん。


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 自選の10句は次の通り。

   桜の実湖狭くなるところ
   食すにはあまりに小さき鮎の皿
   いぶし銀の半片の月遊びましよ
   嬉しさは花野を胸に抱くやうな
   満ちたりて花野の果に居るやうな
   二分間列車をとめて苅田焼く
   冬枯の山椒の棘の生きてゐる
   古屏風くちなはゐたるやうな染み
   手袋の中の指輪を廻しをり
   冬さうび寡黙な男立ちゐたり

 筆者(=栗林)の共鳴句は次の通り。

017 初日の出瞼奥までそまりけり
019 福寿草かがんで触るる暖かさ
026 絶間なく無縁仏に春の雪
027 降り尽し春の大雪月挙げる
031 鳥帰る機械仕掛けの時の鐘
039 花冷やうがひの水の歯に沁みる
042 桜の夜遠くの駅へ送られる
048 囀りやベトナム旅行の女達
060 麦秋や畑の微熱も刈り取られ
063 食すにはあまりに小さき皿の鮎(*)
064 桜の実湖狭くなるところ(*)
069 月のごと泰山木の花坐る
070 梅雨の月やつと固まるプリンかな
072 梅漬けて形見のやうに配りけり
082 緑蔭の民家の木戸に行き止まる
087 蓮の葉を拓き小舟を押し出だす
089 風鈴を人が鳴らして遊びをり
093 蟬しぐれ夕餉のフライ揚がつても
093 蟻だけの行進曲があるやうな
101 瓢箪にままあることのいびつかな
119 夜長なる南部訛は餅のやう
125 ライトアップ届かぬもみぢ黒々と
129 行く秋の嵯峨野にこもる鐘の音
134 秋風や汽水を満たす城の濠
135 二分間列車をとめて苅田焼く(*)
139 時々は熊避けの鈴鳴らしつつ
144 金屏風裏側いつも寂しかり
146 大根の泣きたいやうな白さかな
149 冬帽子家に帰して入院す
152 手袋の中の指輪を廻しをり(*)

 浅見さんの自選句が筆者の共鳴句と重なったのは(*)印の次の4句でした。簡単に鑑賞してみよう。

063 食すにはあまりに小さき皿の鮎(*)
 この句を読んですぐに琵琶湖の若鮎を思った。戻って読むと「知恩院から若狭へ 十一句」とある。琵琶湖の鮎に違いない。浅見さんは小鮎を塩焼きしたものを戴いたのかも知れないが、美しく小さな生き物に、何となく申し訳なさを覚えたのではなかろうか。鮎と言えば、この地の稚鮎の山椒煮は美味である。美味だけでなく、芸術的にまで美しい。若鮎もそうであったのだろう。 

064 桜の実湖狭くなるところ(*)
 これも多分琵琶湖であろう。狭くなるところとあるから、多分湖北の菅浦の辺りだろうか。栽培した「さくらんぼ」ではない。赤黒い実が付いていて、ひなびた感じがある。あの辺りの雰囲気がよく出ていると思った。「狭くなるところ」とは、なかなか言えない。

135 二分間列車をとめて苅田焼く(*)
 前書きに「山陽へ 五句」とある。苅田を焼くために列車を止めた訳ではなく、火や煙が線路わきに迫って来たので、ローカル線の車両が止まった。その車輌に作者は乗っていたに違いない。火や煙をやり過ごしてからまた動く。その間、誰も文句は言わない。天気は上々であったはず。田舎の風景に溶け込んで、旅を楽しむ作者の姿が見えるようである。

152 手袋の中の指輪を廻しをり(*
 何か心配事があるのだろうか? 無くても良い。徒然に、無意識に手袋の中の指輪を廻している。廻るのだから、石がついていない結婚指輪かも。しかも、廻るのは痩せたためだ。この句の少し前に、入院したという句があって、心配してしまう。手袋を付けているのだから、屋外で寒いところだろう。とすると、誰かを、あるいは、何かを待っている場面とも考えられる。いずれにしても、結婚指輪なので、「指輪」の暗喩として、作者の来し方を指すものと受け取ってしまう。手袋の上から指輪をまわすという行為を、だから、余計に情緒的に読んでしまったかも知れない。

 いろいろと想像しながら句を読む楽しみを味わいました。誤読を寛恕されたい。

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