日野草城・伊丹三樹彦の色紙展と句集『当為』

 平成28年4月5日、東京は桜満開。伊丹三樹彦さんが表記の展示会(沖積舎のOKIギャラリー)のため上京され、96歳のお元気な姿を見せていた。
 草城には、かの有名な〈をみなとはかゝるものかも春の闇〉があるが、端正な文字で真っ赤な無地の短冊に書かれている。三樹彦さんのは、これも代表句と言えようが、〈長き夜の 楽器かたまりゐて 鳴らず〉の色紙ほかが沢山並んでいた。
 しばし歓談していたのだが、そこへ出来上がったばかりの句集『当為』が印刷所から届いた。包装を開き、一冊を私にも下さった。三樹彦さんの第26句集(平成28年4月22日、沖積舎刊行)である。


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 まず、三樹彦さんの自選句を掲げよう。

     秒針の震えまざまざ 妻 往生
     声明に 落花ふんぷん ふんぷんと
     目庇に 抱卵の木菟 青欅
     それと知る咽喉の渇き 彼岸花
     おろおろと眼鏡の行方を 冬籠
     生き残り 生き残りして 絵双六
     標札八十年 超季句伊丹三樹彦で

 また、筆者(栗林)の好きな句を抽出してみた。

008 妻の涙を 涎を掬う これが終(つい)か
019 骨壺の妻を抱けば 花吹雪
061 色傘の十字交差も シェルブール
072 内科 耳鼻科 神経科出て 蚊喰鳥
090 編笠の中に眉目秘め 風の盆
101 生身魂 草誓時代を受け継いで
112 頷くが良しとの身上 生身魂
145 知り人の誰とも会えず 初詣
164 女医曰く「昭九でなくて大九生れとは」
173 名乗りなつかし 草城 青々 桜坡子の
 
 1句目。〈008 妻の涙を 涎を掬う これが終か〉は、奥さんである公子さんの臨終の際をリアルに書いた。美しく書きたくなる気持ちを抑えている。それが却って涙を誘う。
 2句目。〈019 骨壺の妻を抱けば 花吹雪〉は納骨の際の句であろうか。たしか富士霊園ではなかったか? 桜が散っていた。
 3句目。〈061 色傘の十字交差も シェルブール〉。ご夫妻は頻繁に外国を旅された。シェルブールにも行かれたのだろう。それとも名作「シェルブールの雨傘」の印象があったのだろうか? この町に、筆者は何度か仕事で行ったことがあるが、その港町はむしろ軍港の町の感があった。
 4句目。〈072 内科 耳鼻科 神経科出て 蚊喰鳥〉。三樹彦さんご自身のこととは限らないが、多病のお年寄りが大勢おられるのだろう。だが、このように書かれると決して深刻には響かない。それは「蚊喰鳥」の働きであろう。高浜年尾に〈蝙蝠はかは誰どきの道化者〉がある。多病でも息災の人だろうと思っている。
 5句目。〈090 編笠の中に眉目秘め 風の盆〉。大勢の観光客で賑わうのだが、どことなく物悲しい八尾の祭り。筆者も、娘さんたちの踊る姿を句にしたいと思っていたのだが、なかなか句にならない。深めに被った折れ笠が見えてくる。
 6句目。〈101 生身魂 草誓時代を受け継いで〉および10句目の〈173 名乗りなつかし 草城 青々 桜坡子の〉は、草城・誓子・青々・桜坡子らと直接言葉を交わし、影響しあった俳人は、三樹彦さんを除いて、もういないのではなかろうか。生き字引ともいえる人である。
 7句目。〈112 頷くが良しとの身上 生身魂〉。これが長生きの秘訣かとも思える。金子兜太の意見も同じだ。
 8句目。〈145 知り人の誰とも会えず 初詣〉。むかし、初詣ではかならず近所の人や昔からの知人に偶然出会い、賀詞を交わしたものだった。今は、特に寒い時季には、お年寄りはあまり外に出ないせいなのか? 寂しくもある。
 9句目。〈164 女医曰く「昭九でなくて大九生れとは」〉。嬉しい言葉。女医の表情が見える……「お元気なこと!」と。

最後に、展示場には、草城と三樹彦の軸が並んでいたので、掲げておこう。


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